この日のために一張羅を用意しました


 完璧な計画だとシャルロッテは自分に酔っていた。そこにヘレパンツァーが水を差す。


「冗談じゃない。そんなくだらない茶番に私を付き合わせるな。お前とは契約しない。なんでこんな色気もないうえ、ほぼ間違いなく生娘の面倒臭そうな女なんかと」

 彼の言葉が今よりも前世の自分に響き、シャルロッテは頬を引きつらせる。


「ちょっと! 聞き捨てならないわよ? 処女がなに? 二十代社畜を舐めないでよ! 残業当たり前で十三連勤もあって、どうやって恋人作るのよ! 仕事を言い訳にするつもりはないけど……恋人のひとりもできないまま前世の幕を下ろしたのを、なんで初対面の悪魔に責められないといけないわけ!? 」

「べ、べつに責めてはないだろう」

 シャルロッテのあまりの迫力にさすがのヘレパンツァーもたじろぐ。


「この世界はこの世界で自分の強力な魔力を悟られないようひっそり生きてきたのよ。恋人は作れ……作らず、あえてモブでいたの。それなのに、まったく……」


 やれやれと首を横に振り、ふと我に返る。


「とにかくラスボスには、恋人よりまずは最高位の使い魔の方が必須でしょ! 第一印象が大事なんだから」

「知るか。というよりさっきからお前はどの視点でものを言っているんだ」

 冷たく返しながら悪魔はやや毒気を抜かれた表情になる。


 シャルロッテは十六歳にしてはあどけなさの残る顔立ちで、細身である分、体型はお世辞にも女性らしい凹凸さはあまりなかった。


 だからこそ、彼女が巨大な魔力を持っているなど王家も思わなかったのだろう。

 一方で紫水晶を彷彿とさせる意志の強そうな瞳は、見る者を良くも悪くも惹きつける。シャルロッテとしては、自らを「紫水晶アメジストの魔女」と名乗るつもりでいた。


 実際に、ヘレパンツァーほどの階級の悪魔を呼び出すのは、そうそうにできるものではない。運や偶然だけではなく、彼女の実力だ。

 もちろん呼び出された側も重々に承知している。


「この戦いだけでもいい。あなたの力を貸してほしいの」

 打って変わって真剣な面持ちで告げるシャルロッテに、男はゆっくりと魔法陣の中から出てきた。淡い彼の輪郭がくっきりと色づき青年としての実態をなす。


 すると男は、揺らめく炎に似た赤い瞳でシャルロッテを見据え、至近距離まで歩み寄って来た。

 シャルロッテも相手から目を逸らさない。ヘレパンツァーはシャルロッテの頤に手をかけ、顔を上に向かせた。


「なら、お前の魂をもらおう。それくらいの覚悟をもって私を呼び出したんだろう? それとも手っ取り早く今から目合わうか? 好きなところに烙印を捺してやる」


 脳に直接響く声色だった。その瞳には冷たさと残忍さが滲んでいる。しかしシャルロッテは怯まない。


 固く結んでいた唇をほどこうとしたそのとき、遠くでなにかが壊れる音が響く。シャルロッテはさっと血の気が引いた。


「嘘!? もう来ちゃった? どうしよう、まだ準備が……あ、この日のために用意していた黒衣の衣装に着替えないと!」

「ホームパーティーかなにかと勘違いしていないか?」


 急に慌てだすシャルロッテにヘレパンツァーは律儀にツッコむ。話の腰を折られ不服そうではあるが、とりあえず召喚部屋を出て移動するシャルロッテに彼はおとなしくついてきた。


「やっぱり悪役側としては、黒よねー。ピンクのレースや金のシルクじゃしまらないわ! でもキャラ付けするためには派手さもいるかしら?」

「にしても、王家直属の騎士団がどうしてこんな個人の館に乗り込んでくる? お前、一体なにをしたんだ?」


 ヘレパンツァーの疑問にシャルロッテは振り向かずに足を前に動かして答える。

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