ラスボスとして第一印象は大事だと思います


 三ヶ月ぶりとはいえ変わっていない地下室と今の状況も相まってシャルロッテは胸を弾ませる。閉めきっていたのでもっと埃っぽいかと思ったが、そうでもない。


「……最後の情報だけは訂正しておく。あいつと親友になった覚えはない」

 苦々しく返された内容は聞き流し、シャルロッテはまじまじと異様な姿の男を見つめ興奮気味に詰め寄る。


「やっぱりシャルロッテってすごいのね。魔力はもちろん、魔術のセンスも相当だわ。ここ数ヶ月、あらゆる魔術を駆使して不自由なく過ごせたし。どう考えても、一ページ目で死んでいいモブじゃないでしょ」

「一ページ目?」

「あ、こっちの話」


 シャルロッテが生まれ、その力の大きさを感じた父は古今東西のあらゆる魔術書を集めた。きっと娘は立派な聖女となる。


 しかしシャルロッテは父の期待とは裏腹に、聖女に興味はなく自身の魔力を抑え、隠すために膨大な魔術書を読んできた。

 そこで蓄積された魔術に関する知識量は半端なものではない。


 魔力を抑える必要も、隠す必要ももうないのだ。遠慮はいらない。

 そして今日、久々に戻ってきた屋敷の地下室でラスボスとしての一歩を踏み出すべく、ヘレパンツァーの召喚を試みたのだ。


 思わず目の前の男と手を取り合って喜びを分かち合いたくなるシャルロッテだが、男は全力で拒否する。そもそも彼に実体はなく、触れられそうもない。


 ヘレパンツァーは崩されていた調子を取り戻して体裁を整え直し、再びシャルロッテに問いかける。


「とにかくお前の望みはなんだ? 地獄帝国でもかなりの高位に就く私を呼び出したのは純粋に褒めてやろう。そこまでして結びたい契約はなんだ? 内容と対価次第では聞いてやらないこともない」


 妖しくにんまりと笑うヘレパンツァーにシャルロッテは軽い口調で説明する。


「もうすぐここに王家に仕える騎士団の面々がやってくるわ。おそらくそれなりの剣の使い手で、やり合ったらただでは済まないでしょう」

「なるほど。そいつらを蹴散らせと」


 納得した表情を見せるヘレパンツァーにシャルロッテは素早く「違う、違う」と否定した。

 眉根を寄せるヘレパンツァーにシャルロッテは続ける。


「まぁ、ある程度張り合って派手に戦うつもりではいるわよ? 手強い相手だと思わすほどにわね。でも今日はあくまでも顔見せだから、私は死闘の末に泣く泣く立ち去るの」

「つまり最初から負けるつもりなのか? お前は何がしたいんだ」


 理解できないと言わんばかりの面持ちでヘレパンツァーは吐き捨てる。しかしシャルロッテは陽気なままだ。


「勝ち負けじゃないのよ。今回は『巨大な魔力を持ち、王家に仇をなす最恐の大魔女シャルロッテ』って印象づけるのが目的なんだから。これでモブどころか冒頭から皆が恐れ平れ伏す存在だと語り継がれているでしょ? ラスボス感満載!」

「理解できないな。そこは俺と組んで相手を返り討ちにするべきだろ」

 元々負けん気の強いヘレパンツァーが鼻を鳴らす。しかしシャルロッテがすぐさま打ち消した。


「だめだめ! それじゃ、また違う勇者とか聖女とか王家関係者が現れるじゃない。討伐とか言われたらいろいろ面倒なの。私はラスボスと認知されつつ悪役として好きに生きるんだから!」

 ラスボスとして生き残るためには、ラスボス認定してもらう必要があるのだ。とはいえ積極的に敵対してやり合うのも面倒くさい。物語で名前と存在感は残しつつあとは好きにしたいのが本音だ。


 ま、異世界から召喚されたヒロインが聖女として奮闘する話がしばらく続いて、そこから恋愛モードに突入だからね。本編が開始したら、こちらからちょっかいを出さなければいいわけだし。


 すべては物語開始前に自分の立ち位置を確立するまでだ。

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