ラスボスには無敵の闇の眷属が必要でしょう

「って、どんだけ甘いの、私は!! あいつら、私が持っている力が聖力ではなく魔力だと知ったとき、あっさり手のひらを返したのよ? 私やっぱり悪くないじゃない。あ、いや悪役になるつもりはあるんだけどさぁ!」


 今までの状況を整理しつつ、シャルロッテは叫んだ。誰に訴えかけるでもないひとり言だ。

 地団太を踏みながらも慣れ親しんだ屋敷の地下で大きな魔法陣を描く。


 シャルロッテが前世を思い出し、このあとの展開を悟って屋敷を出て数ヶ月。彼女は再びシュヴァン公爵邸に戻っていた。


「よし! こんなもんでしょ」


 手についたチョークをパンパンっと払い、シャルロッテは魔法陣に意識を集中させる。


 この国の言語ではない呪文を滑らかに口にしたそのとき、激しい爆音と突風が部屋の中に巻き起こった。その衝撃でシャルロッテは、床に仰向けの状態となり、走馬灯が駆け巡る。


『沙織ちゃんは大きくなったらなにになりたいの?』

『えへへー。ひみつー』

 たくさんのクレヨンを使って真っ白な画用紙に色を重ねていく。

『えー。せっかくだし先生教えてほしいな』

 若い保育士は困惑気味だ。普段はお喋りなこの少女はいつも頑なに自分の将来の夢を話してくれない。保育士が隣の園児の絵を確認するため移動したのを感じ、少女はそっと心の中で呟いた。

 先生、ごめんね。だってね、誰にも言っちゃいけないの。なりたいのが他の人にバレるとなれないんだって。絵本に書いてあったもん。

 最後に黒のクレヨンを持って丁寧に絵を塗り潰していく。沙織の黒のクレヨンは他のに比べると圧倒的に短い。なんたって彼女が一番好きな色だ。

 意気揚々と色を塗りながら沙織は声に出せない分、心の中で大きく叫んだ。

 私、大きくなったら魔法が上手な大魔女になって世界をぎゅうじるの!

 大きな野望は小さな胸の奥にしかと刻まれていた。


 本棚からいくつかの本が飛び出して床に散乱し、パラパラと天井からなにかが落ちてくる。

 薄暗いが、部屋が軋む程度で済んでなによりだ。シャルロッテはゆっくりと目を開けた。

 淡い紫色の双眸が姿を現し、辺りを捉える。髪はゆるくウェーブがかかり腰まで長さのある蜂蜜色だ。金色と茶色の中間色とでもいうのか。


 うわぁ、思い出した。今思うと、とんでもない幼稚園児だわ。あんな夢、口にしてたら本気で頭を心配されてたわね。


 それにしても意気揚々と夢を語れるときが自分にもあったのだ。なんだか泣けてくる。


 でも、ある意味叶えたのよね。最強の魔力を持っていて、王家にも一目置かれて……。

 そのせいで処刑される運命なんだけどね!!


 怒りで我に返り、がばりと身を起こした。


「で、どうなったの? まさか失敗!?」


 チョークで床に描かれた魔法陣を確認する。そこには涅色の煙霧が起こり、徐々に形を成していった。人の姿になったそれは、明らかに普通の人間とは逸脱している。


 妖艶に光る赤い瞳に透き通りそうな血色のない白い肌。艶のある黒髪は短くも濡れているかのようだ。青年の姿になった黒き存在は、シャルロッテに問いかけた。


「汝、我を呼び出しなにを願う? 契約を結ぶのならば対価として……」


 説明を続けようとしたが、目の前のシャルロッテには届いていないのか、彼女は瞬きひとつせず微動だにしない。呆然と自分を見つめるシャルロッテに、男は口角を上げ魅惑的に微笑んだ。


「ふ、恐怖のあまり声も出ないか。無理もな――」


「よっしゃぁぁぁぁ! 召喚、大成功!」


 前触れもなくガッツポーズをして飛び跳ねるシャルロッテに男は虚を衝かれた。シャルロッテはふるふると体を震わせている。ただし恐怖ではなく喜びで。


「やっぱり悪役に徹すると決めたからには、それなりの側近を置いておかないと様にならないわよね! これで聖女のイメージは完全になくなったでしょうし、なによりラスボス感は大事!」


 うんうんと一人で納得するシャルロッテに男は怪訝な表情を浮かべる。


「お前、誰を呼び出して、相手にしているのか理解しているのか?」


「もちろん! 地獄帝国の総監察官でネクロマンサーとして有名なヘレパンツァー。自身も四十四の軍団を従えて、ネビロスとは親友なんでしょ?」


 シャルロッテは本棚から落ちた書物を戻しながらさらりと答えた。

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