第4話


 この世界には二種類の人間がいる。

 それは、天才と凡才。

 そして、私は天才であると、ずっと思っていた。


 私の名前は○○○○。

 三度の飯より高校野球が好きな両親を持つ女子中学生だ。

 父と母は野球経験こそ無いものの、高校野球を見るのが大好きで、自分の子供が甲子園でプレーする姿を見たいという夢を抱いていた。


「〇〇が甲子園で活躍する姿が見たい」


「〇〇が望む事は何でもしてあげるから、その代わりに私達の夢を叶えて欲しい」


 それが両親の口癖である。

 物心つかない時から多大な期待をかけられて、否応なしに野球を始める事を強いられた私は野球を嫌いに……なる事は無かった。

 何故なら、私は野球の天才だったから。

 幼い頃、初めてバットを握った私は父親が投げたゴムボールを遥か彼方まで飛ばした。

 小学生になり、本格的に野球を始めた私は、たった数日練習しただけで上級生を打ち負かした。

 そして、中学生の今、私はボーイズのチームでエース兼4番打者を務めていた。

 まだ2年生なのに。

 両親は私が活躍すれば大袈裟なくらいに喜んで何でも買ってくれるし、チームメイトや監督は私の野球センスを認めて、試合の際は頼りにしてくれる。

 人と野球の才能に恵まれた私の人生は順風満帆。

 練習は死ぬほどキツいが、輝かしい未来のために必要であると思えば余裕で耐えられる。

 ボーイズで実績を積み、野球の名門校へ進学し、両親の夢である甲子園出場を果たした後はプロ野球選手になるものだと信じて疑わなかった。


 とある日、監督の様子がおかしかった。


「……はい。……の件に関し……」


 普段は自分は偉い人間なんだぞって感じで、椅子にふんぞり返っている監督が、ペコペコと頭を下げながら誰かと電話していた。

 盗み聞きが良くないことは知っている。

 だけど、どうしても好奇心を抑えられない私は監督に気づかれないように、数人のチームメイトと共にこっそりと近づいた。


「光ヶ丘ガンバーズとの練習試合は辞退……」


「「「ええええー!!!」」」


 光ヶ丘ひかりがおかガンバーズ。

 そのチームの名前は中学野球に携わっている人間ならば、誰もが聞いたことがあるだろう。

 シニアの全国大会で二連覇を成し遂げており、中学野球界最強と名高い名門。

 エースである世良せら光莉ひかりは中学2年生ながらに世代別代表に選ばれて、大車輪の活躍で日本を準優勝に導いたことから、世界にも名を轟かせている。

 そんなチームと試合できる機会を辞退するなんてありえない!

 その気持ちが全面に出た私達は、隠密行動をすっかり忘れて大きな声を出してしまう。


「お前ら、何してんだ。静かに……」


「何で断っちゃうんですか、監督!私達なら絶対に通用しますよ!」


「やりましょうよ、練習試合!私、世良せらちゃんに会ってサイン貰いたい!」


「モニター越しじゃない生の世良せらちゃんとお喋りがしたいんです。お願いします。お願いします!」


 私達は揃いも揃って、ガンバーズと試合をしてみたい意を監督に伝える。

 私の発言の後に続いたチームメイトは試合がしたい気持ちよりも、有名人である世良せら光莉ひかりに会いたい気持ちの方が強かったのかもしれない。

 でも、私は本気で戦ってみたかった。

 「神の子」と呼ばれる世代No.1ピッチャーに私のバッターとしての才能がどこまで通用するのか、確かめてみたかった。

 そして、マシンガン打線と呼ばれる光ヶ丘ガンバーズの打撃陣に私のピッチャーとしての才能がどこまで通用するのか確かめてみたかったのだ。


「……申し訳ありません。私のチームの……」


 監督が電話先の人に謝罪するのを見て、顔を見合わせた私達はガッツポーズをする。

 怖い顔をしているものの、なんだかんだで押しに弱い監督。

 きっと、ガンバーズとの練習試合を取り付けてくれる事だろう。

 ドキンドキンと胸が鳴る。

 ガンバーズの試合はビデオで何回も見た。

 機械的とも言える組織力に、圧倒的な練習量に裏打ちされた技量。

 それらが容赦なく私に牙を剥くと思うと、一野球人として興奮が冷めなかった。

 ……絶対に負けない。

 最強チーム相手に私の才能を証明してみせる。

 そう心に決めた。


 ……そして、その決意はあっさりと打ち砕かれる事になる。

 待ちに待ったガンバーズとの練習試合。

 第一球を投げた私のストレートは無常にもバックスクリーンに叩きつけられた。

 続くバッターにも打たれ、その次のバッターにも打たれ、連打連打連打連打。

 やっとの思いでスリーアウトを取り終えた際にスコアボードに刻まれていた数字は6。

 ピッチャーとしての才能はガンバーズに一切通用しなかった。


 試合が始まる前まで、私は世良せら光莉ひかりが登板している試合の映像をかき集めて、何度も見返していた。

 それこそ、機械音痴の監督に借りたビデオテープが擦り切れるまで。

 対策は万全にしたつもりだった。

 だがしかし、彼女が投じた球は私の想定を遥かに超えていた。

 ブレーキの利いたカーブ。

 野球ゲームのように真横に滑るスライダー。

 そして、浮き上がってくると錯覚するほどに伸びのあるストレート。

 くるくるくると私のバットは無様に舞って、一球もバットにかすることは無かった。

 バッターとしての才能は世良せら光莉ひかりに一切通用しなかった。


 3回終了時のスコアは16-0。

 もちろん、私達が0点。

 格付けは完了していた。

 私達が格下で、ガンバーズが格上。

 この実力差は天地がひっくり返っても覆る事はないだろう。

 けれども、彼らが手を抜く事は無かった。

 どれだけリードしていようとも、どれだけ実力に差があろうとも集中力を切らす事はない。

 ガンバーズの選手が見据えているのは私達ではなく、もっとその先の光景だから。

 チーム内のレギュラー争いに、選手のプレーを見定める高校のスカウト。

 そして、熾烈な競争の先にあるプロ野球選手としての人生。

 その栄光を掴むために、彼らは人生を賭けて野球をプレーしているのだ。

 この試合に勝つ気がない私のチームメイトはもちろんのこと、甲子園出場を目標にしている私なんかが勝てる道理が無い。

 意識も才能も努力でさえも私より、遥か高みにいる存在がガンバーズにはゴロゴロいる。

 それでも、彼らの中で甲子園に出れるのは数人であり、プロになって活躍できるのは類稀なる野球センスを有する世良せら光莉ひかりしかいないかもしれない。

 ……こんなので、私は甲子園に出れるのか?

 高校では魔球が解禁されて、今よりもっと過酷な戦いを強いられるというのに。

 他人の夢を代わりに背負って、野球を続けているだけの私が。


「いい試合だったわ。また機会があれば是非」


 結局、試合は4回コールド負け。

 試合後の挨拶で私を見据えた世良せら光莉ひかりの目は、私を見るようで私を見ていなかった。

 言うなれば、道端を歩く通行人を見るような目。

 自分の人生の障害にも利益にもならない、どうでも良い人間を見るような目。

 それを目の当たりにした瞬間に、私の中で何かがぽきりと折れる音がした。


「監督」


「……なんだ?」


「私、もう野球やめます」


 帰りのバスの中。

 「世良光莉に会えた!」だの、「世良光莉はやっぱり凄いね」だの抜かすチームメイトに聞こえないくらいの小さな声で淡々と言葉を紡ぐ。

 心の底から悲しかったが、不思議と涙は出なかった。


 この世界には二種類の人間がいる。

 それは、天才と凡才。

 そして、私は天才であると、ずっと思っていた。

 でも、それは大きな間違いだった。

 私は世良光莉天才の踏み台にすらなれない、紛うことなき凡才。

 そこら辺を闊歩している名前のないモブの一人に過ぎなかったのだ。

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