第2章

第20話

 綾原ちゃんと教室にいるよな……?


 そんな不安を抱えながら登校してきた俺は、教室に入るなり綾原の席へと視線を向けた。


 俺の視線の先には間違いなく綾原が座っていて、いつも通り古里と鈴村がその周りを囲んでいる。


 ふぅ……。ようやく日常が戻ってきたな。


 大人たちからしてみればたかだか1週間クラスメイトがいなかったからどうした、といった感覚かかもしれないが、俺にとってはこの1週間は人生の中で1番長く感じた1週間と言っても過言ではなかった。


 綾原が学校に戻ってくるのか戻ってこないのか、不安を抱えながら生活したこの1週間は地獄としか言いようがなく、もう2度とこんな経験したくは無い。

 まあ人生長いのでこの先色々な地獄を経験するんだとは思うが。


 そんなことを考えているのも束の間、何やらクラスメイトの視線が俺に集まっている。


 え、なんで注目されてんの俺?


 見た目がこんなだから悪目立ちすることは確かにあるが、これほどまでにクラスメイトの視線を集めたのは初めてのような気が……。


 特に悪事を働いた覚えも無いし、これほど注目される理由なんて無いはず……。


 --あっ、めっちゃあるわ注目される理由。


 俺坊主になったんだった。


 これまでイカつい髪型で威圧感を放っていたクラスのワルが突然坊主にしてくれば一体何の心変わりかと注目を集めるのは当然の話。

 坊主は坊主でイカつく見えるような気はするけども。


 あ、てか心変わりって言うよりも多分何かやらかしてその罰として坊主にさせられたって思ってる奴もいるよな。

 だとするなら他人に迷惑をかけないヤンキーである俺にとってそれは侵害である。


 でもまあ坊主になった理由は綾原のためにも話すわけにもいかないので、なす術なく勘違いされるしかないだろう。


 坊主になったことで注目されているとはいえ、視線を向けてくるだけで話しかけてくる人間はいない。


 友達が大勢いる生徒なら質問攻めを受けるであろう突然のイメチェンも、友達がいければただ白い目を向けられるだけで終わってしまうのだ。


 そのうちただのイメチェンか、ってことで話が落ち着くとは思うし今は気にせずいつも通り一人で過ごしておくことにしよう。


 そう思った矢先のことだった。


「永愛君、昨日はありがとね」


「……え?」


 その瞬間、教室中に衝撃が走る。


 学校1の美少女である綾原が、学校1の嫌われ者である俺に声をかけた光景はあまりにも信じられないものだったのだろう。

 いやてか俺自身まさか教室で話しかけられるとは思ってないし、クラスメイトが驚くのも無理は無い。


 ヤンキーは坊主にしてくるし、学校1の美少女はそのヤンキーに話しかけるし、クラスメイトたちは何が起こっているのかと混乱している様子だった。


「やっほー永愛君。元気?」


 いや、元気というか、まあ元気だけど、鈴村まで普通に話しかけてきて一体何がどうなってるんだ?


「まさか永愛君に助けてもらうことになるとは思ってなかった。ありがと」


 そして古里までもが俺に声をかけてきて、教室中は視線を俺に向けるだけだった状況から騒然とし始める。


 いやそりゃそうなるだろ。

 みんなからのからの嫌われ者が突然学校1の美少女グループに声をかけられるなんてことになればクラスメイトの誰もが視線を外すことはできないだろう。


 嫌われ者の俺に話しかけてこれば、自分たちが嫌われる可能性もあると言うのに、なぜ話しかけてきたのだろうか。


 俺は耳打ちするように小さな声で三人に問いかけた。


「ちょっ、どうしたんだよ急に」


「え、急ってどう言うこと? 教室で友達に話しかけるのって何もおかしなことじゃなくない?」


「そっ、それはそうかもしれないが--えっ、友達?」


「私たちと永愛君、もう友達でしょ」


 鈴村のその発言に賛同するように綾原と古里は首を縦に振った。


「……ありがとう」


 いつ友達になったか、どこから友達なのか、友達とは何なのか--。


 俺には何もわからないが、一つだけわかっているなら俺に小学校以来の友達ができたということだ。


 友達ができた喜びを噛み締めたいところだったが、更に波乱は巻き起こる。


 教室に入ってきた先生が騒然としている教室を沈め、誰も予期していなかった言葉を放った。


「突然ですが今日は転校生を紹介します」


「えっ、転校生……?」


「みなさん初めまして。楠森菜緒と言います。よろしくお願いします」


「くっ、楠森⁉︎」


 同姓同名の別人であれと思ったが、まさかそんなわけもなく、どこからどう見ても転校生というのは俺の因縁の相手、楠森菜緒だった。


 人生長いし地獄を見ることもあるだろうとは思っていたが、よもやこれほどすぐに次の地獄がやってこようとは思いもよらなかった。

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