第19話

 俺は綾原と綾原の母親の前で、自分の髪をハサミで切り始めた。


「ちょっ、何してるの⁉︎」


「永愛君⁉︎ なんで突然髪を⁉︎」


 目の前の人間が何の脈絡もなく突然髪を切り始めたのだから驚くのも無理は無い。


「驚かせてしまってすみません。この髪型がお母さんが僕を信用できない1つの要因になっているように感じたので、いっそのこと髪を切って坊主にしてやろうと思いまして」


 二人を驚かせてしまったのは申し訳ないが、綾原の母親に、俺は悪い人間ではない、娘と一緒にいても問題無い、と思ってもらうためには髪を切るのが1番手っ取り早いと考えた。


 それはただ髪型をヤンキーから一般人の髪型にすることで安心してもらおうという意味だけでとった行動ではなく、心配させてしまったことに対する謝罪の意味も含んでいた。


 てか後先考えずに行動したけど髪の毛リビングの床に撒き散らかしたの流石に怒られるか……?

 俺も自分の家で初見の奴が目の前で、しかもリビングで髪を切り始めたら普通にこいつイカれてるなって思うけども。


「だからってそんな……あなたにとってその髪型は大切にしてきたものなんじゃないの?」


 よかった、髪の毛を撒き散らしたことは怒っていないようだ。


「はい。僕が僕であるためにずっと変えてこなかった髪型だったので、切るのは勇気がいりましたけど永奈さんのためだと思えば悩むことはなかったです」


 この両サイドを刈り上げて中央に残った髪の毛を上げている所謂ツーブロックという髪型は、俺にとって俺がヤンキーであるために必須の髪型だった。


 昔からずっとこの髪型を変えることはなかったし、楠森に振られてからは特にこの髪型を変えることは絶対にしないと心に誓っていた。

 この髪型を辞めるということは、俺がヤンキーを辞めるというのと同義だから。


 そうなってしまっては楠森に対する当てつけのようにここまでヤンキーを極めてきた意味がなくなってしまう。


 そう考えて髪型を変えてこなかった俺が全く迷うことなく髪の毛を切って坊主になったことには、自分自身驚いていた。


 綾原はいともたやすく俺の中の楠森というあまりにも大きすぎた存在を超える大きな存在になっていたということなのだろう。


 綾原には容易く楠森を超えるだけの、俺にヤンキーを辞めさせるだけの何かがあるのかもしれない。


「永愛君……。なんでそこまでしてくれるの?」


「困ってる人がいたら気合いで助けるってのがヤンキーのポリシーだからな」


 咄嗟に思いついたことをテキトーに話したが、まさが俺が綾原のことが好きで、夢川先生から綾原と付き合うように指示されているからとは口が裂けても言えない。


「普通のヤンキーはそんな優しいこと言わないよ」


「特別な訓練を受けたヤンキーだからな俺は」


 自分で言っておきながら頭の中で『なんだそれ』と自分にツッコんだ。


「……普通なら突然リビングで髪の毛を撒き散らかされたら怒るものなんだけど」


 あれ、やっぱ髪の毛撒き散らかされたこと怒ってる?

 良かれと思って髪を切った結果が真逆の結果を招いてしまったか……。


「あなたの誠意に免じて許してあげる。娘のために自分の大切な髪型を変えてしまってまで私を説得しようとしてるんだものね」


 綾原の母親の表情は先程の威圧感のある表情とは打って変わって優しさが滲み出る柔らかい表情へと変化していた。


「お母さん……」


「あなたが娘と関わることに関してももうとやかくいうことは無いわ。娘のために行動できる優しい人間だとわかったのだからもう安心だしね。それと永奈ももう明日から普通に学校に行きなさい。今回の件に関しては全面的にお母さんが悪かったわ」


「--っ! ありがとう! お母さん!」


「……こんなことをされてまでまだ私のことをお母さんと呼んでくれる娘がいるなんて、私は幸せ者ね」


「お母さんは何も嫌がらせしようとしたんじゃなくて愛娘のことを思ってしたことなんですから。やり方が間違っていただけで、そこは愛があることに変わりはないと思います」


「あら、あなた見た目は怖いのに中々良いこと言うわね」


「お母さんにそう言われると照れますね」


「でもそのお母さんってのはやめてくれる? 娘の結婚相手に呼ばれてるみたいでなんか嫌だから。あなたがヤンキーかヤンキーじゃないかは関係なく、娘が嫁にもらわれていくのは抵抗があるからね」


 調子乗ってごめんほんと。


 ふふふと無機質に笑う綾原の母親の表情は、夢川先生と似た凄みがあった。


「あっ、はい。すみません」


「私のことは沙耶さやさんって呼んでくれると嬉しいわ」


「わっ、わかりました」


 かくして俺は綾原を学校に連れ戻すことに成功し、無事帰宅することができた。


 綾原の家から出て古里と鈴村に結果を報告すると、鈴村が「ふふふー。やっぱり永愛君にお願いして正解だったね。これは私の手柄も同然」なんたら調子のいいことを言ったので、弱めにデコピンをしてから帰宅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る