第18話

 綾原は俺の叫びに反応して声を上げてくれた。


 母親との間に問題が起きているというのに母親の意志に背くような行動を取るのは相当勇気のいることだっただろう。

 久々に綾原の声を聞いた俺は安堵しつつも、綾原が自分の意思に背いたことに腹を立てた母親がどのような行動に出るかわからず気を抜くことはできなかった。


「綾原! 元気なんだな⁉︎」


「いっ、いろいろあってお休みしてたけど体調は大丈夫!」


 体調も問題はないようだが、問題なのはここから母親がどんな反応を見せるかで……。


 そう怯えていると、突然玄関の扉が開いた。


「えっ、お、お母さん……?」


 玄関の扉の向こうから出てきたのは一目見れば綾原の母親だとわかる、スタイルが良く優しげな、あまりにも美人な女性だった。


「中に入りなさい」


 えっ、中に?

 少し前まであれ程早く帰れと言っていたのに、突然家の中に入れとはどう言った心変わりなのだろう。


「わ、わかりました」


 家の中に招き入れられた理由はわからないが拒否する理由も無いし、綾原を連れ戻しにきた俺からしてみれば願ってもない提案だ。


 そして俺は綾原の自宅へと乗り込んだ。


 何としても綾原を連れ戻すという気持ちで綾原の家へと乗り込んだ俺だが、やはり突然家の中に招き入れられたことには恐怖を覚えている。


 なぜ先ほどまではあれほど俺のことを突き返そうとしておきながら、突然家の中に入れてくれたのだろうか。


 まさか俺ここでバラバラにされてクローゼットの中に段ボールにでも詰めて殺されちゃうやつ⁉︎


 っていや、それは流石にないよな。


 リビングに案内されるとそこには綾原がいて、俺に向かって疲弊した笑顔を向けてきた。


 ひとまず姿を見られてよかったが、その疲弊した表情には綾原持ち前の明るさは見る影も無かった。


「そこに座ってちょうだい」


「あっ、ありがとうございます」


 美人な容姿とはかけ離れた圧倒的威圧感。


 今にも押しつぶされそうではあるがギリギリのところでなんとか耐えている。


「……私ね、あなたみたいな人が嫌いなの」


 ……綾原の母親も俺みたいなガラの悪い男は嫌いなタイプか。

 まあそもそもヤンキーなんてものを好きな人は少ないと思うので仕方がないとは思うが。


 それなら尚更良く俺を家の中に招き入れたな。


「大体の人は僕みたいな人間のこと好きじゃないと思います」


「私の旦那もね、あなたみたいな人だったのよ。いわゆる悪い男ってやつでね。娘を妊娠したらどこかに消えちゃったの」


 ヤンキーという人種自体が何となく怖いから嫌い、という人は多いだろうが、ここまで明確にヤンキーのことが嫌いな理由があるとなると、俺を嫌って早く帰れと言いたくなるのも無理はない。


 その話が本当だするならば、俺と綾原の母親はあまりにも相性が悪すぎる。


「そっ、そうだったんですか」


「だから娘からあなたの存在を聞いた時は死んでも娘を守らないとって思ったの」


「えっ、綾原から?」


 綾原は母親のために生きていると言っていたので、母親のためを思えば俺のようなヤンキーと関わっていることは伝えるべきではないはずだ。

 それでも俺の話をしたとなると、少しでも母親との関係を改善しようとして失敗してしまったのかもしれない。


「ええ。男の子--特にあなたみたいな人とは関わらないようにずっと言い聞かせてきたから、あなたの話を聞いた時は気が動転してしまってね。それで自宅に閉じ込めるようなことをしてしまったんだけど……」


 なぜかはわからないが、綾原の母親はすでに反省ムードを漂わせている。

 ただ綾原の自宅に押しかけただけで何もしていないのに、なぜ反省ムードを見せているのだろう。


「でもね、初めてだったの。娘が男の子の話をしたり、さっきみたいに自分の意思で学校に行きたいと言ったり、私の意思に背いたのは。娘にそこまでさせたあなたの魅力は何? あなたはただのヤンキーではないの?」


 俺の魅力--そんなことを聞かれたって俺自身が自分の魅力なんてわかるはずがない。

 何せヤンキーとして多くの人間から嫌われてきたんだからな。


 自分の魅力を語るなんてたいそうなこと俺にはできるはずがない。

 それなら、せめて綾原の母親を信頼させなければ。


「綾原、ハサミってあるか?」


「えっ、はさみ? ちょっと待っててね」


 そうして綾原から渡されたハサミを手にした。


「あなたがハサミを持っていると少し怖いのだけど」


「……怖がらせてしまってすみません。でも俺は怖い人間じゃないですし、……永奈さんに悪影響を及ぼすような人間じゃないんです。それを証明します」


 そして俺は自分の髪の毛にハサミを入れた。

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