第17話

 古里たちから綾原の家の場所を聞き出した俺は、放課後古里と鈴村と3人で綾原の家の前までやってきていた。

 俺から綾原の家まで一緒に来てくれないかとお願いしたわけではなく、2人は進んで俺と一緒に綾原の家まで来てくれた。


 綾原を助けたい気持ちは皆同じということだ。


「ファイトだよ! 永愛君! なっちに会えたらとりあえずキスね!」


「いや何でだよ! そんなことしたらもう2度と綾原が--ていうか俺が学校行けなくなるわ!」


「キスは流石にまずいでしょ。とにかくがんばんなよ永愛。失敗したらプリン奢りだから。あっ、シュークリームもね」


「調子乗んな!」 


綾原の家の場所を聞いた時は状況の悪化を恐れてすぐには教えてくれなかったくせに、行くと決まったらこれかよ……。

 こいつらもしかしてずっと綾原の家に行こうとは思っていたが、怖気付いていただけなんじゃないのか?


 2人の能天気な様子を見ていると、綾原を連れ戻したいとは思っているが怖気付いて綾原の家に行くことができないでいるタイミングで、丁度良く俺が綾原の家に行くと言い出したからこれはナイスタイミングだと俺を差し出して、自分たちはあたかも対岸の火事だと言わんばかりに俺を茶化してきている。


 本当に綾原の友達なのかこいつら……。


 ……いや、前向きに考えるなら、緊張する場面であえて能天気に振る舞うことで俺にリラックスしてほしいという2人の粋な計らいの可能性もある。

 ここはグッと堪えて今は綾原のことだけ考えよう。


 綾原の家はごく一般的な一軒家で、厳かな家でも無かったので特にインターホンを押すのに緊張感は無く、俺は綾原の家の前に到着してすぐにインターホンを押した。


 家の外観に変わった様子は無い。


 インターホンを押したはいいが、すぐに反応はなく俺は綾原の家の庭を眺めていた。

 そしてしばらくしてインターホンから通話に出る音が聞こえてきて、俺は身構えた。


『……どちら様?』


 インターホンに綾原が出てくれれば幾分か気分が楽ではあったが、インターホン越しで俺に話しかけてきたのは別の女性、恐らくは綾原の母親だった。


「あっ、あのっ、綾原さんと同じクラスの者で、プリントを届けに来たのですが」


『お引き取り願えるかしら』


 プリントを受け取る素振りも見せず、すぐに俺を帰宅させようとしてあからさまに俺に対して拒否感を示している様子をみると、やはり綾原に起きているのは母親との問題だと確信に変わった。


「でっ、でもプリントがっ--」


『郵便受けに入れておいてくれればいいでしょう』


 それは俺と接触したくない綾原の母親からしてみれば当然の意見だが、なんとか綾原と接触したいと考えている俺はこのままプリントを郵便受けに入れるだけで済ませるはずが無く、食い下がった。


「綾原--永奈さん、1週間以上学校に来ていないですけど何かあったんですか?」


『何もないわよ。少し体調を崩しているだけだから。早く帰ってちょうだい』


「少し体調を崩しているだけなら普通1週間も休みません」


「それは普通の話であって、普通じゃないパターンだってあり得るでしょう。いいから早く帰りなさい」


 体調を崩しているだけなら娘のためにわざわざ家までプリントを持ってきてくれた同級生を無碍にして突き返すはずがない。


「せめて永奈さんと少しでも会話を--」


『しついこわね。大体あなた、そんな見た目でうちの娘と話す権利があるとでも思ってるの?』


 綾原の母親にはインターホンのカメラで俺の姿が見えているようで、俺の見た目を指摘してきた。

 俺の見た目が褒められたものではないのは理解しているが、娘のためにプリントを持ってきてくれた同級生に対して外見を注意する母親となると、やはり何かしらの問題があるのだろうと思わざるを得ない。


「……見た目は関係ないです。僕は永奈さんの友達なので、永奈さんがどんな状況なのか知る権利があります」


「権利なんてあるわけないでしょ? 少し考えたらわからない? あなたみたいな人と一緒にいたら永奈の評判まで悪くなっちゃうって。永奈は自分で何も選べないから、私がちゃんとしてあげないといけないのよ」


「娘のことを信用してあげられないで何が親ですか! 僕の見た目は確かにあれですが、僕と友達になることを選んだ娘さんの選択を信じてあげることはできないんですか⁉︎」


「うるさいわね! もう相手にしていられないわ!」


「えっ、ちょっ--」


 そして綾原の母親はインターホンでの通話を切ってしまった。

 このままでは綾原と会うこともできず、勿論問題を解決することもできないまま帰宅することになってしまう。


 何より俺は早く綾原を救ってやりたいと思ってる。 


「綾原ぁぁぁぁ! お前はどうしたいんだぁぁぁぁ!」


 俺はご近所迷惑なんて関係無いと、腹の底から大きな声を上げた。


 するとしばらくしてから家の中を走るような足音が聞こえてきて、再びインターホンでの通話が開始された。


「私っ、学校行きたい!」


 綾原は沈黙を破り、俺に声をかけてきた。

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