第6話

「す、好き……?」


 綾原は俺が突然放った言葉に顔を赤くしている。

 ほとんど関わったことのない男子から突然好きだと言われれば、顔を赤くするのも無理はない。


 好きという気持ちは嘘ではないが、今後綾原との関係を上手く続けていくために、この気持ちは綾原に伝わっていいものではない。


 そして俺は焦って弁解した。


「ち、違う! 好きってのはその、綾原は優等生で先生からの評価も高くて、綾原の周りにはいっつもめっちゃ人がいて、そんな綾原のことがみんなと同じように俺も好きって話だから!」


「だっ、だよね! なんかごめんね! 変な空気にしちゃって!」


「いや、こっちこそ変なこと言ってごめん……」


「じゃ、じゃあ行こっか?」


「そっ、そうだな」


 こうして俺たちは、微妙な空気のままファミレスへと向かった。




 ◇◆




「今週第八話にしてついに先生が覚醒して、投げたチョークが相手の眉間に当たると相手を即死させられるっていうとんでもスキルを得てヒロインの紫七しなちゃんを助けるところとか最高だったよねぇ!」


 ファミレスに到着してから三十分、プリンとドリンクバーを注文した俺たちはひたすら先転について語り合っていた。

 というか俺が綾原から一方的に先転の魅力について語られているような状態だけど。


 さっきの気まずい空気はどこへやら、といった感じだな。


 俺も先転はアニメどころか原作から読んでおり知り尽くしているので、綾原の話は全て理解できる。

 理解できるからこそもっとマニアックな話をしたいと思っているが、マニアックな話すぎると気持ち悪がられるかもしれないという不安から、聞き役に徹っしていた。


 聞き役に回っているだけなのに全く苦ではないのは、話をしているのが綾原だからだろう。


 綾原は俺が中学時代からずっと好きだった相手で、一対一で話してみたいと思っていた。

 そんな綾原とこうして二人で一緒にカフェに来て、自分の好きなものについて綾原が楽しそうに話をしているなんて夢のような時間である。


「わかる。まあ覚醒すんの遅すぎだろって思ったけどな」


「それは私も思った。……あー、ごめん。話しすぎちゃってるよね、私」


 自分が話しすぎていることに気付いた綾原は申し訳なさそうに謝罪をしてくるが、俺は綾原の話を聞いているだけで楽しいので、謝罪をしてもらう必要なんてない。


「いっ、いや、全然⁉︎ 綾原の話し聞いてんの面白いから、むしろもっと話してほしいくらいだし」


「そう? ならよかったけど。私夢中になると話しすぎる癖があってね。その癖が出ないよう学校では必死に話のまとめ役に回ってるの」


 そう言ってニコッと微笑む綾原に、俺は疑問をぶつけてみた。


「なぁ綾原、なんで俺に声かけてくれたんだ?」


「……えっとね、永愛君の席の横を通った時に見えちゃったの。永愛君の財布にハピラビのキーホルダーがついてるの」


 綾原が俺に声をかけてくれたのが、ハピラビのラバストを見たからというのはわかっている。

 俺が聞きたいのはそういう話ではなく、いくら俺が先転のことを好きだとわかったからといって、俺という嫌われ者で何の価値も無い人間となぜ話そうと思ったのかということだ。


「確かにハピラビのキーホルダーつけてたけどそういうことじゃなくて、俺ってヤンキーで見た目も怖いだろ? それに学校でも明らかに浮いてるし声をかけづらいはずなのに、なんで声かけてくれたのかと思って」


「……え? だって同じもの好きなら共有したくない?」


 当たり前じゃない? という表情を見せる綾原に、俺は面食らってしまった。

 それが普通の友人なら当たり前かもしれないが、俺のようなヤンキーには普通そんな理由で気軽に話しかけられない。


「……いや、そりゃそうだけども。俺に声かけるの怖いと思わなかったのか?」


「んー、全然思わなかったかな。だって永愛君とは中学の頃から一緒だけど怖いと思ったことないし。好きなものが同じなら共有したいって気持ちでいっぱいでそれ以外のことは考えてなかったかな」


  ……綾原は中学の頃から何も変わってないんだな。

 偏見で人を決めつけるのではなく、自分が見て聞いたことを信じ、自分と違う人間がいてもそれを否定はしない。


 それは要するに、俺がヤンキーであることを綾原は認めているとうこと。

 綾原にヤンキーであることを認められた俺は素直に喜んでしまった。


 ……そういえばAIが言っていたな。『自分を素直に表現し、相手の感情に敏感になることも大切』と。

 アニメが好きという自分をハピラビのラバストを財布に付けるという行動で表現したからこそ、綾原は俺と話してみたいという感情になったんだ。


 AI、ちょっと想像してた以上にすげぇな


「……まあそうだな」


「でしょ。それでさ--」


 それからしばらく俺は再び綾原による先生の転生の好評を長々と聞かされることになった。

 



 ◇◆




「ふぅ、アニメの話できて嬉しかったよ。ごめんって言いながらいっぱい喋っちゃってごめんね」


 結局綾原は辺りが暗くなり解散する直前まで先転について熱く語っていた。

 そのことを申し訳ないと謝罪してはいるが、その表情は満足そうである。


「いや本当に申し訳ないと思ってる表情かそれ?」


「ふふっ。思ってないね」


「思ってないのかよ……。まあ俺は聞いてるだけで楽しいからいいんだけどさ」


 綾原は一方的に喋ったことを申し訳ないと思いながらも、それでも俺に先転の話を一方的にしてしまうほど俺との会話が楽しかったのだろう。

 その上そんな満足そうな表情を見せられたら、もう何を言うこともできない。


「じゃあこれからもよろしくね。永愛君意外に私の話嫌がらず聞いてくれる人なんていないし。それじゃそろそろ帰ろうか」


「おう」


「これからもよろしく」という言葉に、この会に二回目はあるのだろうか、なんて考えていた矢先のことだった。


「あ、連絡先おしえてよ。私のも教えとくから」


「えっ--」


 え、こんなに簡単に綾原の連絡先を手に入れられてしまってもいいのか⁉︎

 いやまあ普通同級生なら友達になればすぐ連絡先なんて交換するんだろうけど、嫌われ者である俺からしてみれば自分の連絡先を綾原が自ら進んで訊いてきてくれたことに驚きを隠せなかった。


「あ、嫌だった?」


「い、いやっ、全然嫌じゃない。その、ま、またアニメの話してぇし」


「ふふっ。私もっ。ていうか永愛君はほとんど話してないけどね」


 こうして俺は夢川先生からの課題、『今週中に綾原に声をかける』をクリアし、更には連絡先を手に入れることにも成功した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る