第13話
「だから私は今も昔もずっと自分の意思が無いんだよ」
綾原の母親は厳しい人なのだという。
母親の言うことは絶対で、母親の思い通りに動かないと怒られる。
日常的に母親から怒られ続け、それは時に言葉だけでなく暴力になることもあったそうだ。
『永奈のためなんだからね』
母親はそんな言葉を口癖のように言っていたらしい。
最近になってその言葉を子供に使うこと自体教育虐待だのなんだのと話題になり始めてはいる。
しかし、その言葉を知らない綾原は、母親の言葉が綾原のためを思った言葉ではなく実は母親自身のための言葉なのだと気付くのが遅くなってしまったのだ。
母親が自分のために怒ってくれていると思っていた綾原は、母親が喜ぶように、母親を怒らせないように行動し続けた。
着ていく服を選ぶ時も、自販機でジュースを買う時も、図書室で本を借りる時も、どの選択をすれば母親が喜ぶのか、怒らないのかを考え続け、ついに母親のためだけに行動する自分の意思のない人間になってしまったのだという。
そんな話を聞かされた俺だが、俺にはどうしても綾原が母親のためだけに動いているようには思えなかった。
「俺にはそうは見えないけどな。綾原はクラスの人気者で鈴村だったり古里だったり仲の良い友達もいるわけだろ? 今の綾原の立ち位置を築き上げてきたのは綾原自身だと思うぞ」
仮に綾原が母親のためだけに行動しているのだとしても、今の立ち場を築くことができているのは綾原自身に魅力があるからだと俺は思う。
誰しもが母親のために行動した結果、綾原の立ち場を手に入れられるわけではないからな。
「確かにその状況を作り上げたのは私自身かもしれないけど、それは偽りの私が作り上げたものであって、本当の私はずっと偽りの私に追いやられてどこかに行っちゃってるの。だからこそ永愛君みたいに自分の信じた道を突き進んでるのがカッコよく見えるんだよね」
綾原は俺のことをカッコいいと言ってくれた。
しかし、俺なんて楠森に『柄の悪い人は嫌い』と言われたことに腹を立てて逆情しているだけのなんの中身も無い人間だ。
そんな俺にはAIのように的確で優しさのあるアドバイスはできない。
だからこそ、俺は思ったことをそのまま伝えた。
「俺は偽りだったとしても今の立ち場を築いた綾原はすごいと思うよ」
「いやいや、何もすごくないよ。偽りなら誰だって今の立ち場を築くことはできるんじゃないかな」
「いや、誰にだってできることじゃない。それができる綾原はやっぱりすごいんだ」
「そう……なのかな」
「ああ。すごい。だからさ、綾原と同じこと言ってるって思われるかもしれないけど、別に今のままでいいんじゃないか?」
あまりにも同じことを言いすぎて、綾原は数秒ポカンと口を明けた。
「……本当に同じこと言ってるね」
「すまん。語彙力無いから上手く言えないけど、母親のために何かをしたいって思うのは子供なら普通なんじゃないか? 授業参観とか、部活の大会とか、親が来てくれるとみんな張り切っていいとこ見せたいって思うだろ? それと同じだと俺は思うけどな」
「……なるほど。ずっと母親の言いなりにしかなれないって思って悩んでたけど、『親のため』っていう感情は誰しもが持ってる感情なのか」
「ああ。俺だって両親を悲しませないためにヤンキーではあっても犯罪に手を染めたりはしないしな」
「……永愛君の話聞いたら胸につっかえてた物がスッと消え去ったような感覚になったよ。今まではお母さんのためにしか生きられない自分を受け入れられなかったけど、これからはお母さんのために生きてる私を受け入れてみる。……うん、なんかもう悩まないで済む気がしてきた」
「無理はすんなよ。それでもやっぱりそんな自分が嫌で悩むっていうならまた相談に乗るしさ」
「……ねぇ、永愛君って本当にヤンキーなの? 千秋と茜より相談乗るの上手なんだけど」
鈴村は論外として、落ち着きがあって大人びている古里も鈴村といる時ほいつも言い合いをしているイメージがあるので、意外と落ち着いて相談に乗るのが得意なタイプではないのだろう。
せめてまともに相談できる友達がいれば、もう少し早くいいアドバイスを貰えていたかもしれないのに。
「……まあいつも相談に乗ってくれてる人がいるからな。その人の考え方が頭に染み付いてるのかも」
「……それって女の人?」
……ん?
俺はなぜ今相談相手の性別を訊かれたのだろう。
綾原が俺の相談相手の性別を訊く必要性が全く無い気がするんだが。
いや、そんなことより早く性別を答えないと。
……てかAIに性別なんてあるわけないんだが。
そうは言ってもこのまま俺が無言でいると、俺がAIに恋愛相談していることに勘づかれてしまう可能性もある。
う〜〜ん……。
AIって確か音声は女性の声だった気がする。
「……ああ。そうだよ」
「……ふーん」
「……?」
綾原は相談相手が女性だと答えた俺の方をジト目で見た。
「私ジュース取ってくる」
「おっ、おう」
そう言って綾原はジト目のまま席を立ち、ジュースを取りに行った。
それ以降綾原の機嫌が少しだけ悪くなった気がしたが、理由もわからないし気のせいだと思うことにしよう。
こうして俺は綾原から悩みを聞き出し、解決とはいかないまでもアドバイスをすることには成功した。
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