第12話
「お待たせー」
そう言いながら綾原は何事もなかったかのようにトイレから戻って来た。
先程綾原は俺に『カッコよかった』と言ってくれた。
綾原がなんと言ったのか確認したのは、『カッコよかった』という言葉が聞こえていなかったからではなく、自分の耳を疑ったからだ。
俺のせいで映画の途中にも関わらずスクリーンを抜け出させてしまい観られなかったシーンがあるのだから、迷惑だと思われることはあってもまさかカッコよかったと称賛されるとは思っていなかった。
そうやって何事も前向きに捉えられる綾原の思考回路も綾原の周囲に人が多く集まる理由の一つなのだろう。
「いや、全然」
「今からどうする?」
今日の目的は綾原から悩みを聞き出すために信頼関係を築くことだが、どうせなら今日悩みを聞き出してしまいたい。
そう考えた俺は、このまま帰宅するのではなく、もう少し綾原といられる可能性のある選択をした。
「この後特に予定が無いならこのまま飯でも行って映画の感想語り合わないか?」
「いいねぇ。私もそのつもりだった」
「じゃあ行くか」
「レッツゴーだね!」
そして俺たちは飲食店の固まっているエリアへと向かって歩き出した。
◆◇
ファミレスに到着した俺たちは目の前に並べられたドリアとパスタを口に運びながら、予定通りキュリプアについて語り尽くしていた。
「内容もよかったけどやっぱりあの作画がね、ファンにとっては見逃せないよね」
「子供向けのはずなのにあんなに作画に力入れてるのが手抜いてない感があっていいよな」
「作画のためだけにもう一回見たくなるくらいよかったもんね。でも何より最高だったのは敵を倒すシーンだよ」
「いやそこだけ見てないんだよ俺たち」
「ふふっ。想定通りのツッコミをありがと」
綾原との会話の雰囲気は良い。
ただ感想を言い合うだけではなく時折冗談も混ぜながら程よく盛り上がり、無言の気まずい時間が生まれることもなく俺が楽しんでいるのは勿論綾原も俺とのキュリプア語りを楽しんでくれていそうだ。
綾原とのキュリプア語りが順調に進んでいることもあり、俺は綾原の悩みを聞き出すタイミングを伺っていた。
突然『悩みとかないのか?』と聞き出すのは脈絡が無さすぎるし違和感を覚えられてしまい警戒されてしまう可能性もある。
綾原から自然に悩みを聞き出すには、AIが言っていたように俺の悩みを綾原に打ち明けるのが得策だろう。
「……綾原とこうやってふざけあいながらアニメの話ができるの、めっちゃ楽しいわ」
「どうしたの突然そんなに嬉しいこと言ってくれちゃって。そりゃ私も楽しませてもらってるけど」
「俺ってヤンキーでさ、友達もいなくてみんなから敬遠されてるからこうして会話をできる友達がいないんだよ。それでも俺はヤンキーであることに信念を持ってて、ヤンキーであることを止めるつもりはないんだけど、それだとこの友達がいないって状況はずっと変わらないしなと思って……」
俺が綾原に打ち明けた悩みは嘘でもなんでもなく、俺が抱いている本当の悩みだ。
本当の悩みを打ち明ける方が真実味があり、綾原も俺に悩みを打ち明けやすくなるだろうと考え、俺は本当の悩みを打ち明けた。
俺は別に友達がいらないわけではなく、できることなら信頼し合える友達がほしいと思っている。
しかし、楠森から柄が悪いことを否定されてから更にヤンキー街道を突っ走って行った俺の周りからは自然と人がいなくなっていった。
ヤンキー度合いが増すことで友達がいなくなるのなら、ヤンキーなんてやめるべきなのだろうが……。
「今のままでいいんじゃない?」
「……え、今のままってのはヤンキーのままでっててことか?」
「うん。だって永愛君って見た目こそヤンキーっぽさはあるかもしれないけど、すごく優しいし、盗撮犯を捕まえられるくらい強いし。私がそれに気付けたんだから今のままの永愛君でいればいつかみんなにも気付いてもらえるよ。永愛君は強くて優しい人だって」
綾原から予想外の返答が来たので、俺は思わず呆気に取られてしまった。
綾原は俺がヤンキーでいることを以前から肯定してくれているが、俺自身が友達を作りたいと思っていると聞けば、それならそのためにヤンキーであることをやめるべきだと言われるかと思っていた。
それなのに、綾原は『今のままでいい』と言ったのだ。
以前から綾原に俺がヤンキーであることを肯定してもらっているのは嬉しいと感じていたが、肯定しているどころかそれが魅力だと伝えられたような気がして、俺は今のままでいることに自信を持つことができた。
「……変わるべきかもしれないって悩んでたから、今のままでいいって言われるとは思ったなかったわ。でも確かにそうだよな。俺自身がヤンキーやりたくてヤンキーやってるんだし、無理に変えようとする必要はないよな」
「うん。まさか永愛君がそんなことに悩んでたなんて驚きだよ」
「俺だって悩みの一つや二つあるって。でもありがとな。自分に自信持てたわ。お悩み相談所とかしてみたらどうだ?」
「いやいや、そんなに上手に相談乗れてないでしょ。何もしなくていいって言っただけで何か特別なことをアドバイスしたわけじゃないんだから。それに私にも悩みはあるしね」
『ここだ』と思った俺は、綾原に質問した。
「……綾原にも悩みはあるのか?」
「……うん。永愛君になら話してもいいかな。あのね--」
そして綾原は抱えている悩みを話し出した。
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