第11話

「いやーめっちゃ面白かったね‼︎ 敵だったキュリプアが味方になるくだりとかも最高だったし! って言ってもまあ最後どうやって敵を倒したのかとかは全くわからなかったけど」


 盗撮犯をスタッフに突き出すため途中でスクリーンを出たせいで一番肝心な敵を倒すシーンが見られなかったというのに、綾原はフルで映画を見たかのようにはしゃいでくれている。


 少しだけわざとらしくはしゃいでいるようには見えるが、綾原は俺が綾原に対して申し訳なさを感じないよう気を遣ってくれているのだろう。


 スタッフに疑われた俺を助けてくれただけでなく、俺に申し訳なさを感じさせないよう気を遣ってくれる綾原は、告白をした俺に対して気を遣うことなく『柄の悪い人嫌いだから』と言い放った楠森とは大違いである。


 せっかく綾原が気を遣ってくれているということもあり、途中映画を見られなかったことに関して謝罪はしないことにした。


「一番見たいシーンが見れなかったってのは痛かったな」


「でも楽しかったよね! キャリプアが敵を倒さないなんてあり得ないわけだし、敵を倒したことは雰囲気でわかるしさ。敵を倒した後のハッピーエンド感だけ味わえればそれで満足だよ」


「なんか急に大人の都合的な話してないか?」


「し、してないしてない! ただ私はキュリプアが百パーセント勝利するって信じてるだけだよ」


「ははっ。ならいいけど」


 ……驚いたな。


 俺が人前で声を出して笑うのはいつぶりだろうか。


 俺は楠森にフラれてからずっと一人でヤンキーの道を突き進んできたので、一緒に笑い合える友達は勿論彼女がいたこともない。


 そんな俺がこうして誰かの前で笑うのは最早いつぶりかもわからないほど久しぶりのことだった。

 

「でもやっぱり敵を倒すシーンは見ておきたいよね……。もう一回二人で見に来るのもありかもね」


「……え?」


 綾原は久々に人前で笑ったことに対する驚きがまだ抜けきっていない俺に対して、サラッと嬉しすぎることを呟いた。


 綾原と会うためには、俺から綾原を誘うか綾原から誘われる必要がある。

 綾原から誘われるというのは望みが薄く、現実的に考えると俺から綾原を誘うしか学校以外で綾原と会う方法は無い。


 俺の方から綾原を誘うのには誘いを断られる恐怖もあり、かなりの心労がある。

 なので、こうして綾原から俺のことを誘ってもらえるのは飛び跳ねて喜びたくなるほどの事態だった。


「あれ、あんまり二回目は見たくなかった感じ?」


「いやっ、見たい! 見たいに決まってる!」


「だよね。やっぱり敵を倒すシーンは見ておきたいしね。……あっ、でも私バイトとかやってないし、今月結構お小遣い厳しいんだった……。ごめん、私から言っておいて申し訳ないけどやっぱり2回目は見に来れなさそう」


 ……うん、わかってた。わかってましたとも。

 世の中そんなに甘くないよな。


 綾原と話すことができてファミレスに行って連絡先も交換して、更にはこうして映画を見にくることができたというのに、また映画を見に行くことができるなんて、そんなにうまく世の中が回っているはずはない。


「いや全然。二回分払うの勿体無いしな」


 そう強がりながらも、一度もう一回見に行こうと提案をされていただけにその予定がなくなってしまった悲しみは計り知れなかった。


「本当にごめん! ママにお願いすればもしかしたらお小遣い追加でもらえるかもだけど……あっ、そうだ。今時すぐ動画配信サービスとかで見れるようになる時代だし、見れるようになったら私の家来てもらって一緒に見るってどう?」


「……えっ?」


 俺は先程映画もう一度観に行こうと誘われた時よりも大きめのリアクションをしてしまった。


「休みの日とか結構忙しかったりするの?」


「いやっ! 全然! 全然忙しくない!」


「よかったっ。じゃあまた配信始まったら声かけるね」


「……ありがとな。よろしく」


 世の中そんなに甘くないと思っていたが、もう一度映画を見に行くよりも綾原の家に行く方が何倍も良い。

 やっぱり世の中は俺が考えている以上に甘いのかもしれない。

  

「永愛君が盗撮犯を捕まえてスタッフさんに突き出したところ、カッコよかったよ」


「……え?」


「ちょっ、綾原⁉︎ 今なんて⁉︎」


「教えてあげなーい」


 そう言って小走りで俺から逃げつつ、綾原はそのままトイレへと逃げ込んで行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る