第9話

 スクリーンの中に入るとすでにコマーシャルが始まっており、俺たちは少しだけ腰を屈めながら自分たちの席へと向かった。

 そうはいってもキュリプアは上映開始後三週間が経過しており、スクリーンの中にはほとんど人がいない。


 これならトイレに行きたくなっても周囲の目を気にせず席を立つことができそうだ。

 いやまあ綾原に『トイレ行ってくるわ』っていって席を立つのはハードルが高く結局無理だとは思うけど。


 そして自分たちの席に座ると、綾原が話しかけてきた。


「楽しみだね」


「うぉっ⁉︎ お、おお……」


 綾原は映画館の音声が大きいこともあってか、俺の耳元で、割と大きめの声で囁いてきた。

 突然耳元で綾原の声が聞こえただけではなく、息づかいまでもがはっきり聞こえてきたせいで俺は驚きを隠すことができなかった。


「ポップコーンもらうね。永愛君が食べる分が少なくなっちゃうのは申し訳ないけど」


「そっ、そんなことは気にせずいくらでも食ってくれ」


 驚く俺を他所に、綾原はポップコーンを口に含み、スクリーンへと視線を戻して映画が始まるのを楽しみにしている。


 ……はぁ。


 ヤンキーの俺がこんな女々しいことを考えてるなんて誰も思わないだろうけど、とにかく映画館の中が暗くてよかった。

 明るい部屋であれば、綾原に耳元で囁かれ俺の顔が真っ赤になっていることにすぐ気付かれただろうから。




 ◇◆

 



 映画が始まってから約一時間半が経過し、映画は終盤に差し掛かっていた。


 ここまでは驚きの展開の連続で、登場するとは思っていなかった前作のキュリプアが登場したり、敵だったはずのキャラクターが改心してキュリプアになったりと、思わず声を出しそうになるほどの驚きが押し寄せてきている。


 そして今はまさにヒロインのキュリローズが生き絶えてしまうほどの怪我を負ってしまうシーンの最中で、息つく暇がない。


「--っ⁉︎」



 キュリローズが大怪我を負うシーンに驚いたのか、綾原は俺の腕にしがみついてきた。

 何事かと思って綾原の表情を確認するが、本人は無意識らしい。


 こっちはめちゃくちゃ意識しちゃってるんですけど。

 映画の内容なんてもうどうでもいいくらいには意識しまくっちゃってるんですけど。


 腕にしがみつかれているだけでなく、綾原から漂ってくる爽やで甘い香りが俺の理性をぶっ飛ばそうとしてくる。


 いや、ダメだこんなところで理性をぶっ飛ばしては。

 そんなことをしたら結局俺は柄の悪い人間だったということで終わってしまう。


 そう思いながらスクリーンから視線を逸らした時、俺の目には右手前に座っている席の人間のスマホの画面が目に入ってきた。


 その男性はスマホを操作している様子がなく、しかもスマホの上に服をかけ、スマホを隠しているように見える。

 一体何をしているのだろうかとスマホの画面を除くと、スクリーンに流れている映像と同じ映像が流れているように見えた。


 あれはまさか……盗撮?


 いや、まさかキュリプアの映画という女児向けのアニメを盗撮するなんて、そんな不謹慎な輩がいるはずは……。


 それからしばらく俺は綾原にしがみつかれながら、その男のスマホの画面を見ていたが、やはりその男のスマホの画面にはスクリーンと全く同じ映像が流れており、それだけでなく撮影ボタンの赤い色まで確認できた。


 まだ上映中の映画の映像がスマホの画面で流れているなんてあり得るはずがない。


 あの男はやはり盗撮をしている。


 それがわかった俺はすぐに席を立った。


「えっ、永愛君? どうしたの? おしっこ?」


「ちょっと野暮用だ」


「野暮用……?」


 そう言い残して俺は席を離れ、その男の席へと向かい、その男のスマホを握っている腕を取った。


「えっ、ちょっ。何するんですか!」


「何するんですか! じゃねぇ。お前盗撮してんだろ」


「そ、それはっ--」


「いいからこい」


 そう言って俺はその男を引っ張り、係員のところへ連れて行こうとした。


「やっ、やめろっ! 放せぇ!」


 その男はかなり太っており引っ張って行くのは一苦労なのに、俺から逃げようと暴れだして引っ張っていくのはさらに面倒になる。


「大人しくしろっ!」


 それでもこれまで幾度となく喧嘩を挑まれ、挑んできた相手を返り討ちにしてきた力を持ち合わせている俺にはその男がどれだけ太っていても関係ない。


 俺は力尽くでその男をスクリーンの外に出し、何とか入り口にいる係員のもとまでたどりついた。


「すいません、こいつ、映画盗撮してました」


「えっ、盗撮?」


「盗撮なんてしてません!」


「嘘ついてもお前のスマホの中見ればすぐにバレるんだから。嘘つくのはやめとけって」


 そう言って俺は男から取り出したスマホをちらつかせる


「それはそいつのスマホです! 僕のスマホじゃない!」


「……はぁ?」


 その太った男はスマホの中身をちゃんと確認すればすぐにバレるような嘘をついてなんとか逃れようとしている。


「とりあえず二人ともきてもらえる?」


「……は? なんで俺まで?」


「まぁほら、第一発見者だし?」


 そのスタッフは、俺の外見を見て、明らかに俺のことも疑っている様子を見せた。


「いや待ってくれ、俺は盗撮なんてしてないからな⁉︎」


「あーわかったわかった。話は事務所で聞くから」


 こ、こいつ、完全に俺のことも疑ってやがる。


 なんでどいつもこいつも人のことを外見だけで決めつけるんだ--。


「永愛君は盗撮なんてしてません‼︎」


「あっ、綾原?」


 世の中の人間たちに嫌気がさしていた俺の身の潔白を訴えてくれたのは他でもない綾原だった。

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