第4話
「いや話しかけるの難くね⁉︎」
綾原に声をかけようとしてから丸一日が経過したが、綾原の周りには必ず古里と鈴村がひっついており、俺は中々声をかけられないでいた。
ようやくその二人がいなくなったかと思うと、また別の女子がやってきて楽しそうに会話をしているので、綾原に話しかける隙は一切無く、依然として話しかけることはできていない。
このままでは夢川先生から出された『今週中に綾原に声をかける』という課題をクリアできなくなってしまう。
そうはいってもこの状況を打開するための術も持ち合わせていないし……。
術があるとすれば綾原の周りに人がいることを気にせず覚悟を決めて話しかけに行くことくらいだろうが、それでは綾原はもちろん綾原の周囲にいる人間にまで迷惑をかけてしまう。
「こうなったら……」
この問題をAIに訊いたところでまともな回答なんて返って来ないだろう。
そうは思いながらも、俺はヤケクソでChatGPTを開いて訊いてみた。
『好きな子の周りに人がたくさんいて話しかけられません。どうしたらいいですか?』
『好きな子の周りに人がたくさんいると話しかけるのが難しいですよね。以下の方法を試してみてください。
1. 自然なタイミングを見つける
休み時間や放課後など、彼女が少し一人になる瞬間を見計らって話しかけると良いです。
2. 共通の友人を利用する
共通の友人を通じて、自然な形で話しかける機会を作ることができます。友人に協力をお願いしてみましょう。
3. 相手の目を引く
話しかけられないのであれば、相手の方から話しかけてもらえるよう相手の目を引く行動をとってみましょう。
これらの方法を試してみて、少しずつ彼女との距離を縮めてみてください。焦らず、自分らしくアプローチすることが大切です』
いやマジすげぇなこいつ……!
何がすごいって、『好きな子の周りに人がたくさんいると話しかけるのが難しいですよね』って共感から入るところだわ。
もうAIに共感される時代になったんだな……。
俺の悩みに対して共感し、的確でありながら俺とは別の視点から見た回答までしてくれるなんて、もはや人間より人間らしい。
『1. 自然なタイミングを見つける』についてはすでに実践済みだが、綾原には綾原が一人になるタイミングが無い。
『2. 共通の友人を利用する』に関しては、そもそも俺に友人がいないので試すことすらできない。
俺が目を見張ったのは『3. 相手の目を引く』という回答だ。
俺は自分から綾原に話しかけることしか考えていなかったが、それが難しい状況なのであれば、何とかして綾原の気を引き俺に話しかけてもらうという作戦は効果的かもしれない。
俺みたいなヤンキーが綾原の目を引くなんてことができるのかどうかが一番の問題ではあるが、俺に残された選択肢はChatGPTに従って行動することしかない。
そう決心した俺は、どのようにして綾原の気を引くかを考え始めた。
◇◆
綾原の気を引くための作戦を考えていた翌日、俺は朝から放課後になるまでずっと、昨日思いついた作戦を実行していた。
それは二日前に盗み聞きで仕入れた『綾原は先転が好き』という情報から思いついた作戦だ。
先転好きの俺の家には、作中に登場するウサギのキャラクター、ハッピーラビッツ、通称ハピラビのラバストがある。
そのラバストを財布に付けて、自分の席の端、綾原から目に付く位置に置いておいたのだ。
綾原以外の生徒に見られ『あいつヤンキーのくせにアニメが好きなのかよ』と陰でヒソヒソ言われる危険性はあるが背に腹は変えられない。
綾原が『永愛君も先生の転生好きなんだ』と気付いてくれさえすれば、絶対に話しかけられるはずだ。
同じ趣味を持つ人間とは自分の好きなものについて語り合いたくなるもんだからな。
そう思っていたのだが……。
「……そして誰もいなくなった」
そう言いながら俺は両手で顔を覆い、作戦が失敗に終わったことを憂いていた。
作戦は滞りなく完遂したというのに一向に話しかけられる気配は無く、結局綾原から話しかけられないまま一日が終わり、誰もいなくなった教室で机に突っ伏した。
綾原は俺の右前の席なので、後ろを振り返らなければ俺がハピラビのラバストを財布に付けていたことには気付かない。
とはいえ今日数えていただけでも綾原は俺の席の横を十回以上通っている。
となれば絶対に俺がハピラビのラバストをつけていることには気付いているはずなんだが……。
……いや、まあそりゃそうだよな。
いくらハピラビのラバストに気づいていたとしても、俺に話しかけてこない可能性なんていくらでもある。
ハピラビのラバストを付けていたのが綾原の友達とかならまだしも、ほとんど会話をしたことが無くその上柄も悪い俺がハピラビのラバストを付けていたからといって、綾原から話しかけられるほど世の中甘くはないってことだ。
ちょっとでもAIを信用した俺が馬鹿だったんだ。
AIの力に頼るのではなく、自分の頭を働かせて作戦を考えれば、もう少しマシな作戦が思いついたかもしれないのに。
こうなったら綾原の周りに大勢の人間がいたとしても、なりふり構わず決死の覚悟で俺から綾原に話しかけるしか……。
「ねっ、ねぇ
--⁉︎
……こ、この透き通った甘い声は⁉︎
いや、まさか、まさかそんなはずはない。
今まさに俺は綾原と付き合うためにAIを使用していたことを愚策だったと嘆いていたところで、綾原から話しかけられるはずはないと悟っていたのだから。
いや、でももしかしたら、もしかしたら--!
にわかな期待を胸に、俺は机に突っ伏していた状態から顔を上げた。
「あれっ、なんか眠そうな顔してるけどもしかして寝てた?」
「あっ、綾原⁉︎」
俺に声をかけてきたのは紛れもなく、俺が中学時代に好きになり、夢川先生からの指示で付き合おうとしている綾原だったのだ。
俺の目の前に綾原が立っていることが現実だと思えなかった俺は、一度目を擦ってから綾原の姿を見直し、そこにいたのが紛れもなく綾原だということを理解した。
「だいじょぶ? 起きてた?」
「えっ、あっ、ああ。起きてたけど」
「あ、あのね、その、えっと……」
「……?」
綾原は何か言いたいことがある様子だが、言いづらそうにくねくねと体を揺らしている。
一体何を伝えようとしてくれているのだろうか。
「……私も好きなの!」
……え、私も好きって、それ俺のことがってことか‼︎‼︎????
突然綾原から気持ちを伝えられた俺は、その場で完全に固まってしまった。
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