第52話 陽だまりキッチン

「キッチンカーかぁ。思いもしなかったよ」

「そう? でも、祥ちゃんもすごかったよ。あんなベッド、よく思いついたよね」

「ああ、それはほら。俺のベッド、組み立てたじゃん」

「あっ! そうだった。あたし、手伝ったもんね~」

「うん。あのときは助かったよ。おかげですぐに組み立てられたから」

「へへっ」


 陽菜は嬉しそうに笑った。


「でさ。キッチンカーができたらさ。お店をやるでしょ?」

「うん」

「名前、どうする?」

「あー、そうだねぇ。どうしようか……」

「じゃあ、祥ちゃん食堂」

「いやいや、なんでちゃん付けはちょっと。それにこの世界だったらさ。俺より陽菜の名前のほうがいいでしょ? 馬車だって聖女様が陽菜にくれたんだし」

「えー、でもあたしは宮殿で待ってただけだよ? 頑張ったのは祥ちゃんだもん」

「まあ、俺は料理作ってただけだし。それにさ。陽菜が待ってるって思ったから頑張れたんだし……」

「祥ちゃん……」


 陽菜は照れくさそうにしながら、組んでいる腕に力を込めた。柔らかい膨らみがより強く感じられ、毎度のことだというのにドキドキしてしまう。


 陽菜のものすごくいい香りもそうだが、なぜ毎日のことなのに全然慣れないのだろう?


 ちゃんと告白して、彼氏彼女になって、一歩先に進めば解消されるのだろうか?


「ねぇ、祥ちゃん」

「ん?」

「お店を作ったらさ。なんのお店をやるの?」

「え? そうだなぁ。屋台だからあんまり凝った料理はできないし、サンドイッチとかかなぁ。お米を食べる地域ならおにぎりとかもいいかもしれないけど……」

「あのさ。決まってないなら、お弁当屋さんにしない?」

「お弁当屋さん?」

「うん。日本のお弁当を作ったらさ。もしかしたらあたしたちのこと、クラスの誰かに伝わるかもしれないでしょ?」

「あー、たしかに。このへんで和食を出す店ってないだろうしね」

「うん。それにあたしが看板娘をやってればさ。きっと女の人が買いに来ると思うの。女の人の接客はあたしがすればいいんだし、そしたらちゃんと稼げるんじゃない? 祥ちゃんの料理は絶対美味しいんだから、一回食べたら絶対リピーターになるって」

「ああ、そうだね。いいかも。だとすると、お弁当だけじゃなくてお惣菜も売るのもいいかも」

「そうだね! じゃあ、名前は祥ちゃん弁当だね!」

「待って、なんで最初に戻るの?」

「だってぇ」

「なら、陽菜弁当」

「え~、なんかダサ~い」

「なんでだよ。いいじゃん、陽菜弁当」

「やだ! 別のにして」

「そっかぁ。うーん、思いつかないし、ちょっと考えてみるよ」

「うん」


 そんな話をしつつ、俺たちは宿泊所へと戻るのだった。


◆◇◆


 三週間後、ついに俺たちの馬車が完成した。金属製の車体は黒く塗られ、高級感が漂っている。


 そしてオーダーしたとおり、車体の左側にはまるでキッチンカーのようなカウンターがついてる。


「いかがでしょう? 私どもの工房の技術を結集いたしましたので、ご希望どおりの品が作れたかと存じます」

「ありがとうございます! すごいですね!」

「ほんと! すごいね! 祥ちゃん!」


 俺たちが喜びを伝えると、フロランさんは満足げな表情を浮かべた。


「ご満足いただけて何よりです。おかげさまで、私どもの工房に新たなるベースモデルが誕生いたしました」

「え? ベースモデルになるんですか?」

「はい。こちらの馬車は、聖女様のご命令により製作した、ヒーナ・ヨゥツバー様と彼氏様の移動販売車両として、二号車をお造りし次第、店頭で展示させていただきます」

「そうなんだ。なんだかすごいね。あたしたちの馬車が展示されるだなんて」

「ね」

「それもこれも、様々なアイデアを下さったヒーナ・ヨゥツバー様と彼氏様のおかげでございます」


 そこまで言われるとなんだか照れるな。要望を伝えただけなのに。


「さあ、どうぞ中もご確認ください」


 言われて俺たちは車体右側の扉から中に入る。


 床は板張りで思ったよりも広い。さらに壁には柔らかい布が張り付けられている。これなら馬車が揺れてバランスを崩しても、ぶつけて怪我をすることはなさそうだ。


 座席は前に一段あがったところにある座席は聖女様の馬車と同じシートで、乗り心地はかなり良さそうだ。


 御者台も使いやすそうで、雨の日でも使いやすい可動式の幌も付いている。


 後部のクローゼットも十分な広さがあり、しっかり詰めれば陽菜のドレスをすべて収納できそうだ。


 それからベッドの組み立て方を確認し、俺たちは馬車から出てきた。するとフロランさんが大きな木の板を持ってきた。


「あとは、こちら、ご依頼いただいていた看板でございます」

「看板? 祥ちゃん、何それ?」

「ほら、お店の名前、考えておくって言ったでしょ?」

「え? あれ、もう決めたの?」

「うん。これ」

「え? 陽だまりキッチン?」

「うん。やっぱり、料理を食べて暖かい気持ちになって、笑顔になってほしいからさ。だから、陽だまりのようなホッとする料理が食べられるキッチンカーのお店で、陽だまりキッチン」


 それに、陽だまりの陽は陽菜の陽だし。


 そう伝えたかったのだが、なんとなく気恥ずかしくなって俺はその言葉を飲み込んだ。


「わぁ、いいね! 祥ちゃんの料理にピッタリのいい名前だね!」


 そんな意味があるとは思ってもいないのだろう。陽菜は無邪気に褒めてくれたのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/04/06 (土) 18:00 を予定しております。

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