第42話 馬車工房アルバン・エ・フロラン

 陽菜をエスコートしながら町を歩いているのだが、道行く人たちの表情が前と比べて目に見えて明るい。それにまだお祭りムードの余韻が残っているようで、聞こえてくる人々の会話からも結界が張られたことを心から喜んでいることがうかがえる。


「なんだかさ。明るい感じになったね」

「うん」

「祥ちゃんが頑張ったおかげだね」

「そうかな? 料理してただけだけど……」

「でも、祥ちゃんがいなかったら無理だったって聖女様も言ってたじゃない」

「まあ、そうだけどさ。でもなんかあんまり実感ないんだよね。結局俺は一匹も魔物を倒してないし」

「でも、日替わりヒーローっていうのは祥ちゃんのおかげでしょ?」

「うん」

「ならすごいのは祥ちゃんだよ」


 そう言って陽菜は組んでいる俺の右腕をぎゅっとしてきた。その拍子に陽菜の柔らかな膨らみが押し付けられ、いつものとてもいい陽菜の香りがふわりと漂ってくる。


「そういやさ」

「んー? 何ー?」

「陽菜、靴も買ったほうが良くない?」

「え? なんでー?」

「だって、持ってるのハイヒールばっかじゃん。いくら馬車を貰えるからって、ずっとハイヒールは辛いんじゃない?」

「あ! そっか。そうだねー。じゃあ、馬車屋さんに行ったら帰りに買い物しようよ?」

「うん」


 そんな会話をしつつ、俺たちはサン=アニエシアの目抜き通りを歩き、目的の馬車工房に到着した。


「あ! ここだね! うわぁ、すっごーい!」


 その外観を見て陽菜はものすごく驚いているが、その反応は大げさじゃないと思う。


 というのもこの馬車工房はショールームも兼ねているのか、建物の通りに面した部分はほぼ全面ガラス張りとなっていて、広い店内にはとんでもなく高そうな馬車がいくつも陳列されている。


 内装も見るからにお金が掛かっていそうで、入口にはしっかりとした身なりのドアボーイまで立っている。


 完璧にセレブ御用達といった様子で、あまりにも敷居が高い。聖女様に言われていなければとてもここで買い物をしようとは思わなかっただろう。


「俺の服、大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。宮殿で貰った服でしょ?」

「う、うん……」

「なら大丈夫だって。聖女様のいる宮殿よりドレスコードが厳しい場所なんてないよ」

「それもそうか」


 意を決し、俺たちはドアボーイのほうへと向かう。


「いらっしゃいませ。ヒーナ・ヨゥツバー様」


 なんと俺たちの顔を見るなり、ドアボーイはそう言って扉を開けてくれた。


 すごいな。ここには一度も来たことがないのに、一目見ただけで俺たちが誰だか知っているなんて。


 俺は平静を装いつつ、入店した。するとすぐにドアボーイとお揃いの身なりの店員が近寄ってくる。


「いらっしゃいませ。ヒーナ・ヨゥツバー様、彼氏様、お待ちしておりました。私は馬車工房アルバン・エ・フロランの共同代表を務めておりますフロランと申します。聖女様よりヒーナ・ヨゥツバー様に馬車を一両、ご用意するようにと仰せつかっております」

「よろしくお願いします」


 俺は陽菜の代弁者としてフロランさんにそう答えた。


「それではまずは、私どもの工房で製作しているいくつかのモデルをご覧いただきます。そちらをご覧になってイメージを膨らませていただき、その後ご要望をお聞きしつつヒーナ・ヨゥツバー様にぴったりの馬車をご提案させていただきます」

「分かりました。よろしくお願いします」

「ではこちらへ」


 フロランさんはまず入口近くの一番目立つ場所に展示されている馬車に近づいた。金で縁どられた黒塗りの馬車は四人が向かい合って座るような形になっている。


「こちらの馬車は聖女様に普段使い用として納品させていただいている馬車のベースモデルとなります。二重のばね構造を採用することによって振動を軽減するとともに、座席の下部にも隠しばねを入れることで乗り心地を追及しております。また、フレームはすべて金メッキを施しておりますので、高貴な女性がお乗りになる馬車としての品格を十分に保っております。もちろん、金や宝石による装飾の追加にも対応しております。また、こちらのモデルは前後に四つのランタンを備えておりますので、夜道の走行にも対応しております」


 フロランさんは自信満々な様子で説明をする。


「いかがでしょう? 一度座られてみては?」

「陽菜、どうする?」

「うん。せっかくだから」

「かしこまりました」


 フロランさんはそう言うと、馬車のドアノブの付け根に鍵を差し込んだ。


「このように鍵も備えており、何かあった際にも安心でございます」


 フロランさんが鍵をひねると、ガチャンという重い音がした。鍵は少し重たそうだ。


「どうぞ、ご試乗ください」


 フロランさんが扉を開けてくれたので、俺は陽菜をエスコートして馬車に上げてやる。


「あ、すごいね。座席がふかふかだよ」

「本当だ。乗り心地が良さそうだね」

「うん」


 これなら長く乗っていても大丈夫そうだ。


「彼氏様、御者台をご確認なさいますか?」

「はい」


 俺はフロランさんに促され、御者台に乗った。御者台にも雨よけの天井がついていて、座面も柔らかい。比べるのは失礼かもしれないが、ただの木の板だった騎士団の馬車の御者台とは雲泥の差だ。


「あ、これはいいですね」

「お褒めいただき恐縮です」


 それから俺たちは次の馬車に案内される。


「続いてこちらの馬車ですが、こちらは聖女様が町の外へとお出かけになる際にお使いになる馬車のベースモデルでございます。こちらは――」


 こうしてフロランさんはショールームに展示されている馬車一台一台について、熱心に特徴を説明してくれるのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/03/12 (火) 18:00 を予定しております。

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