第43話 ショッピング
「ショールームに展示しております馬車は以上となります。どうでしょう? 気に入った馬車はございましたでしょうか?」
「そうですね。どれも素晴らしい馬車だと思いました。騎士団で使っているのものとは比べ物になりませんね」
「ははは、それはもちろんです。私どもの工房はサン=アニエシア唯一の聖女様御用達の工房ですからな。品質には絶対の自信を持っております」
フロランさんは自信に満ち
「ねえ、祥ちゃん。紹介してもらった馬車だと聖女様から頂いたドレスが入らないよ」
「あ、たしかに……。すみません。これから旅をするつもりなので、あんまり過剰に乗り心地がいい必要はないんです」
「おや? そうでしたか。ですが聖女様からは一台だけだとお伺いしておりますが……」
「はい。それで合っていると思います」
「はて? 女性の方が旅をされる場合、大抵は車列を組んで移動することになると思いますが……」
「いえ、二人で旅をするんです」
「えっ? 他に付き人はいないのですか?」
「はい」
「ははぁ、なるほど。となると、一台ですべてをまかなう必要があるということですね。なるほどなるほど。これは新しいモデルを一から作ることになりそうですな。なるほどなるほど。これは面白い仕事になりそうです」
フロランさんは、まるで玩具を見つけた子供のように目をキラキラと輝かせている。
「となると、車内にヒーナ・ヨゥツバー様がお座りになる座席とクローゼットをまとめなければならないわけですな。ああ、旅をされるのでしたらベッドも必要ですね?」
「はい」
「むむむ。車内空間の使い方が肝になりそうですな。それでいて悪路を走破できる安定性を確保するとなると……いや、だが座席とベッドを備えるとなると……」
フロランさんはぶつぶつ言いながら悩み始めた。
「あの」
「なんですかな?」
「座席とベッドは同じものを使うことはできませんか?」
「同じもの? まさか女性を座席に寝かせるとおっしゃるのですか!? そんな紳士の風上にも置けぬ馬車など!」
「いえ、そうじゃなくて、普段は座席なんですけど、寝るときは組み替えてベッドになる、みたいな」
「む? どういうことですかな?」
俺は家のリビングに置いてあったソファーベッドについて説明した。
「ほう。なるほどなるほど。背もたれが倒れて完全に平らになる、と。その発想はありませんでした。となると四人掛けの対面式にし、前の座席を組み替えて二人用のベッドになるようにすれば良さそうですな。あとはそのまま後部をクローゼットとして使うようにすればギリギリなんとかなりそうです。あとは重量が問題になりそうですが……」
フロランさんはぶつぶつと
「イメージとしてはこのような形でいかがでしょう? ベースとしては先ほどご覧いただいた荷馬車を使用し、その前部にヒーナ・ヨゥツバー様の寝室兼座席を配置します。そこに接続する形でクローゼットを繋ぎましょう。さらにその後部を荷台とします」
「どう? 陽菜?」
「うん。いいかも」
「ありがとうございます。今お見せしたものはあくまでイメージでございます。これから詳細な図面を作る作業を行いますが、その過程で難しいこともございます。来週の今ごろ、もう一度ご来店いただけませんでしょうか? そのころには正確な図面をお見せできるかと存じます」
「わかりました。よろしくお願いします」
こうして俺たちはアルバン・エ・フロランを後にしたのだった。
◆◇◆
俺たちはアルバン・エ・フロランと同じ目抜き通りにある靴屋に入店した。このお店にもドアボーイがおり、外観といい内装といいとても落ち着いていて、女性が入店するお見せだということがよく分かる。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」
入店するなり、しっかりした身なりの男性店員が声を掛けてきた。
「はい。彼女の靴を買おうと思っています。町の外に行くので、ヒールがなくて歩きやすい靴を買おうと思っています」
「祥ちゃんのもだよ!」
「あ、うん。それと、俺の靴もです」
「なるほど。失礼ですがそちらの女性とのご関係は……」
「彼氏です!」
俺が口を開く前に、陽菜が少し不機嫌そうに割り込んで答えた。
「それはそれは、大変失礼いたしました。ところで彼氏様、外出されるとのことですが、ご自身で魔物と戦われますか? それともそういったことは他の付き人にお任せになるのでしょうか?」
「ええと、戦います」
「かしこまりました。では、まずは女性用の靴からご案内いたしましょう。どうぞこちらへ」
そうして案内された先にはずらりとカラフルな女性向けの靴が並べられていた。
「ヒールがないタイプですと、こちらの区画のものとなります」
「わ! かわいい! ねえ、祥ちゃん! これとかどう? あ! これも! こっちもかわいい!」
どうやらかなりお気に召したようで、あれこれと手に取って確認している。
こうなると陽菜は長いので満足するまで見させてやるのが正解だ。
ちなみにお値段は最低でも一ゴールド。聖女様からご褒美を
それからしばらくして、陽菜は三つの靴を持ってきた。
「祥ちゃん、どれがいいと思う?」
……正直、どれでもいいと思う。だがそう答えると陽菜は不機嫌になるということは学習済みだ。
「ええと、陽菜はどう思ってるの?」
「えっ?」
陽菜が自分の持っている靴に視線を落とした。
……なるほど。あの赤いやつが一番気に入っているのだろう。
「その赤いのとかは?」
「え? うん。なんかかわいいし、ドレスとも合いそうなんだけど……」
「けど?」
「ちょっと派手過ぎるかなって」
「なるほどね。じゃあ、その隣の白いのは?」
「うん。形が気に入ってるんだけど、汚れが目立ちそうかなって思うの」
「ああ、そうだね。外で履いたらすぐにダメになっちゃいそう。それでその茶色のは?」
「うん。一番無難かなって……」
と言いつつ、あの表情は多分気に入っていないんだろうな。
「無難で選ぶんなら、もっとあっちのブーツとかのほうがいいんじゃない? 外を歩くならああいうのがあったほうが良くない?」
「あっ、そうかも」
「なら、赤いやつか白いやつのほうがいいんじゃない?」
「うーん、そうだよねぇ。じゃあこれはやめるね」
陽菜は茶色の靴を戻すと、今度はブーツを物色し始めた。
「あ! このブーツ、かわいい」
そう言って陽菜は長靴のような黒いブーツを選んだ。どのあたりがかわいいのかは俺にはさっぱり分からないが、陽菜にとってはかわいいらしい。
「ねえ、祥ちゃん。これ、買っていい?」
「もちろん」
「やったぁ! じゃあ、こっちの赤いのと、このブーツにする。祥ちゃん」
「ああ。すみません。今彼女が持っている二つの靴をオーダーします」
「ありがとうございます。では、足の形を測らせていただきます。彼氏様、ご協力をお願い致します」
「はい」
ちなみに女性向けの靴はすべてオーダーメイドだ。足の形を測り、職人が一点一点手作りをする。
そして手伝いを依頼されたのは、女性の体に触っていいのは原則として彼氏か付き人だけだからだ。彼らがいない場合は付き人の見習いが、あり得ないことだがその見習いもいない段になってようやく部外者の男性が触ることを許される。
要するに、女性に
それから俺は陽菜の足の形の計測を手伝い、自分の靴を陽菜と一緒に選んだ。それからさらに何軒もウィンドウショッピングをして回り、クタクタになったところでようやく宿泊所へと戻るのだった。
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次回更新は通常どおり、2024/03/13 (水) 18:00 を予定しております。
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