第41話 示談
翌朝、馬車工房へ出掛けるための身支度をしていると、ファビアンさんがやってきた。
「あ、おはようございます。ファビアンさん」
「ええ、おはようございます」
「またお世話になります」
「いえいえ。」
「ところでなんの……あ! 支払いですね! 建国祭のときの」
「え? ああ、そうですね。売上はおいくらでしたか?」
「合計で二十七シルバーでした」
「ええと……それですと……少々お待ちください」
ファビアンさんは紙に書いて足し算を始める。
「ええと、銀貨五枚と……小銀貨二枚ですね。ということは半額は……」
「ファビアンさん、十三シルバーと二千五百ブロンズです」
「え? ええと……」
ファビアンさんは紙に書いて足し算をし、しばらくしてようやく納得した表情になった。
「はい。たしかに。銀貨二枚、小銀貨三枚、大銅貨五十枚ですね。いやはや、たったお一人で女性を支えていらっしゃる方はさすがですな」
「ありがとうございます。ただ、銀貨は持ち合わせがないので小銀貨でお願いします」
俺はさっと小銀貨十三枚と大銅貨五十枚を差し出した。
「ありがとうございます。たしかに受領しました。では、出店許可証を」
「はい」
以前受け取っていた出店許可証を手渡すと、ファビアンさんはサインをしてから返してきた。
「これで清算は完了しました。さて、それでですね」
「え? この件じゃなかったんですか?」
「はい。建国祭のときにヒーナ様に対して無礼を働いた男との示談の件です」
「あ……」
すっかり忘れていた。
「聖女様からの勅命により、男の財産の五十パーセントを没収し、そのうちニ十パーセントをヒーナ様に賠償金としてお渡しすることとなりました」
えっ? 示談って、陽菜とそいつが話し合って決めるんじゃないっけ?
「こちらが示談書となります。こちらにヒーナ様のサインが必要となります」
「え? でも……」
陽菜と俺に謝るという条項が入っていないのだが……?
「いいよ。祥ちゃん、持ってきて」
「え? ああ」
俺はファビアンさんから示談書を受け取り、ソファーでくつろいでいるドレス姿の陽菜のところへ持って行った。
「はい。渡してきて」
「うん」
俺は素直にそれをファビアンさんに手渡した。
「こちらが男の財産の目録となります。総資産の評価額は大金貨五千三百四十九枚で、ヒーナ様に支払われる賠償金は大金貨千六十九枚と金貨八枚となります」
「わかりました」
大金貨千枚って、一体どのくらいの価値があるんだろう?
ちょっと金額が大きすぎて想像も付かない。
「また、このようなことを申し上げるのは大変恐縮ではございますが、よろしければ神殿にいくらかの寄付をお願いできませんでしょうか? 宿泊所をご利用の皆様全員にお願いしているところでございます」
……それもそうか。これまでずっとタダで泊めてもらっていたのがおかしかっただけだよな。
「陽菜、どうしようか?」
「祥ちゃん、さっきのお金の中から大金貨六十九枚と金貨八枚を寄付して」
「分かった。ファビアンさん、賠償金の中から大金貨六十九枚と金貨八枚を寄付します」
「ありがとうございます」
ファビアンさんは満足げな笑みを浮かべると、証文を置いて部屋を出て行った。
それを見送り、俺は陽菜に確認をする。
「陽菜、良かったの? 謝らせたかったんじゃないの?」
「うん。でも、聖女様がね。謝らせたって意味がないからお金を貰っておけってアドバイスしてくれたの。どうせ本心から謝るわけじゃないし……」
「うーん、それもそうか」
「それにね。謝らせるってことは許したいっていうことで、それは祥ちゃんにひどいことをしたあいつに付き人になるチャンスを与えることと同じだって……」
「そ、そうなの?」
「うん。この世界の女の人ってさ。女の人ってだけで男の人より身分が高い感じでしょ?」
「うん」
「だから身分の低い男の人に何かされたら徹底的に報復して、二度と自分の前に現れないようにするのが普通なんだって。だから……」
「そっか……」
この世界は常識だとそういうものなのかもしれない。日本だって昔は大名行列の前を横切っただけで庶民は切り捨て御免だったわけだし、このへんの感覚は慣れていくしかないんだろう。
「分かったよ」
「うん。ごめんね、祥ちゃん。勝手に決めちゃって」
陽菜はそう言って申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「いいよ。それに謝られるよりお金貰ったほうがいいかもね」
「うん」
「それよりさ。馬車工房に行こうよ」
「え? あ、そうだね。久しぶりの外出、楽しみだなぁ」
「そっか。そうだよね。二か月ぶりくらい?」
「うん」
陽菜は小さく
か、可愛い……!
「祥ちゃん王子! エスコート、よろしくね」
「お任せください。陽菜お姫様」
「へへっ」
俺がそう返すと、陽菜ははにかみつつも嬉しそうに笑うのだった。
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次回更新は通常どおり、2024/03/11 (月) 18:00 を予定しております。
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