第35話 魔窟のコアと聖杯

 それから三日後、日替わりヒーローたちの活躍によって俺たちはあっさりと魔窟のコアへと到達した。すでに魔窟内の魔物の駆除も完了し、あとは新しく湧いてくる魔物にだけ注意すればいいという状況になっている。


 アニエシアにも伝令が走っているので、あと数日でこの魔窟生活も終わりとなる。


 そんなわけで俺は隊長に誘われ、魔窟のコアの見学にやってきた。


 コアは黒い球体で、大きさはボウリングの球くらいだろうか。


 ぷかぷかと空中に浮かんでおり、時おり黒いもやのようなものを吸い込んだり放出したりしている。


 うーん、見れば見るほど不思議な球だ。まるで呼吸をしているようだ。それだけでも不思議なのだが、これが聖女の結界に必要なアイテムになるというのだから驚きだ。


 興味津々で観察していると、隊長が話し掛けてきた。


「どうだ?」

「はい。初めて見ますけど、なんだか不思議ですね」

「まあ、見たことあるやつのが少ないだろうな。俺も実物を見るのは初めてだ」

「そうですか……」


 コアの不思議な呼吸のような現象を観察を続けていると、突然隊長が肩を組んできた。


「ショータ、お前のおかげだ」

「え? でも俺、食事を作ってただけですよ?」

「いや、お前のおかげだ。前回は一週間くらいでどんどんみんな体調を崩していったんだ。きっと食事が悪かったんだろうな。狩りで調達するにしても町から運ぶにしても、やっぱり無理があったんだろうな」


 それはそうかもしれない。町から運べば傷むリスクはあるし、外で調達するのだってきちんと処理しなければ食中毒の原因になる。


「だがこうしてお前が新鮮な食材を魔法で出してくれて、美味いメシを作ってくれた。おかげで誰も体調を崩さなかった。それどころか体力が有り余ってるくらいなんだぞ」


 料理はすべて、体力をほんのわずかに回復する魔法料理だ。だからむしろそうなってもらわないと困る。


「だからだろうな。毎日誰かしら、やたらと調子のいい奴が出た。おかげでこんなに早く攻略できたし、重傷者だっていない。ショータ、全部お前のメシのおかげだ。本当にありがとう」

「いえ……」


 ここまで言ってくれるとは……なんだか照れくさいな。


 でも、料理人を目指す者として、料理を褒めてもらえるのは本当にうれしい。


「謙遜するな! お前はもっと胸を張っていい」

「はい。ありがとうございます」


◆◇◆


 それから一週間後、聖女様が大勢の護衛騎士を引き連れて魔窟の中のキャンプにやってきた。


 俺たちは隊長を先頭に、ひざまずいて聖女様を出迎える。ちなみに俺の立ち位置はなんと隊長の斜め後ろで、ここは本来副隊長のポジションらしい。


「アニエシアの太陽、聖女アニエス様! アニエシア騎士団魔窟討伐隊隊長エドガールが無事のご到着を寿ことほぎ申し上げます!」


 隊長はよく通る声で聖女様にそう口上を述べた。


「挨拶は良い。ここはまだコアが生きておる魔窟じゃ。はよわらわをコアまで案内せい」

「はっ! かしこまりました! これより聖女アニエス様をコアまでご案内する! 総員! 最大限の警戒を行え!」

「「「「はっ!」」」」


 俺たちは魔窟のコアへと出発した。ちなみに料理を作っていただけなのに、なぜか俺は聖女様を案内する隊長の後ろを歩いている。


 ちなみに聖女様の前と左右は今日のヒーローたちが固めているので安心だ。


 そうしてしばらく魔窟の中を進み、俺たちはコアへとやってきた。その道中で一度、マーダーベアとかいうクマの魔物に襲われたが、今日のヒーローたちによって一瞬で倒されている。


「ふむ。たしかにこれはコアじゃのう。では、やってしまうぞえ」


 聖女様はそう言うと、コアの前で両手を組んで祈るようなポーズを取った。すると建国祭のときに見たあのぼんやりとした淡い光が聖女様の体から少しずつ立ち昇り始める。


 聖女様がそのまま祈りを続けていると、最初はぼんやりとしていた光が徐々にその強さを増していき、ついには神々しいほどにまばゆい光となった。


 光が! コアを! 包み込む!


 うっ! これは……!


 あまりのまぶしさに目を閉じそうになるが、これを逃せばもう見る機会はないだろう。


 俺は直視しないようにうつむきつつも、目は閉じずにその様子を見守る。


 ……五分ほど経っただろうか?


 徐々に光が弱まっていき、コアの様子もなんとか目視できるようになってきた。


 コアはまだ白い光に包まれていて……おや? 白い光の中に金色が混ざってきたような?


 うん。たしかに金色が混ざってきているな。


 やがて白は金色と置き換わっていき……ん? 金色のやつはぼんやりしているが、何かの形があるような?


 興味津々で見ていると、徐々に金色がしっかりとした形が見えてきて……おお! すごい!


 聖杯ができると言っていたが、たしかにそれっぽい。


 金の巨大な持ち手付きのワイングラスといった感じだろうか?


 グラスの部分の大きさがちょうど聖女様の顔と同じくらいで、そのグラスの部分に持ち手が二つ付いている。遠くて細かいことまでは分からないが、びっしりと細かい細工が施されているようだ。


 ああ、そうだ。持ち手が付いているところも加味すると、ワイングラスというよりかはスポーツの優勝トロフィーといったほうが近いかもしれない。


 聖女様は宙に浮かんでいる聖杯の二つの持ち手をしっかりと両手で持った。


「魔窟のコアは妾に下り、聖杯となった。これより帰還し、破邪の儀を行うぞえ」


 聖女様がそう宣言すると、騎士たちは大いに沸き立つのだった。

 

◆◇◆


 一方その頃、アニエシアの宮殿に残った陽菜は自室でオリアンヌの指導を受けていた。


「そう! 大分マシになりましたわ。いつどんなときでも美しく! 頭の天辺からつま先、指先まで完全な美を体現なさい!」

「はい!」


 陽菜は大きくスリットの入ったドレスの裾を翻し、颯爽さっそうと歩いている。


 ハイヒールを履いているにもかかわらず、その歩き姿はまるで別人のように美しい。


「スカートの裾の動きが雑! 裾がどう動けば美しく見えるか、きちんと考えてコントロールなさい!」

「はい!」

「裾を動かす魔法はあくまでサポート! 自然で美しく見せるには体の使い方ですわ!」

「はい!」


 オリアンヌはビシバシと容赦ない指摘を飛ばす。


「愛し彼氏くんに美しい姿を見せるのでしょう? もう時間がありませんわよ!」

「はい!」

「そこでターン!」

「はい!」


 陽菜は機敏な動きでさっとターンした。スカートの裾がふわりと翻り、陽菜の長く細い足が一瞬だけ露わになる。


「もう一度!」

「はい!」


 陽菜は再びオリアンヌの前を横切るように歩くのだった。

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