第36話 アニエシアへの帰還

 聖女様を守りつつ、俺たちはアニエシアへと帰ってきた。


 やった! ついに! ついに……陽菜に会える!


 門を抜け、相変わらず異臭のする町の中に入ると沿道には大勢の人が詰めかけていた。


「聖女様ー!」

「聖女様ばんざーい!」


 沿道の人々からは、聖女様に対する歓声が聞こえてくる。だがそれだけではない。


「エドガール様! ありがとう!」

「アニエシアの誇りだ」


 攻略隊の成果を讃える声も聞こえてくるのだ。しっかりと攻略隊が何をしたのかを理解しているのだろう。


 ちなみに俺は料理番なので、荷馬車に腰かけて列の後ろを進んでいる。


 そうして俺たちは神殿へとたどり着いた。そこには出迎えの神官たちがおり、聖杯を手にした聖女様は馬車から降りると、真っすぐに神殿の中へと消えていく。


 俺たちはこのまま聖女様が結界を張るまで待つことになっている。神殿の周囲には大勢の市民たちが詰めかけており、今か今かと結界が張られるのを待っている。


 そして三十分ほどが経過したそのときだった。


 神殿の奥の建物から光の柱が天に向かって立ち昇る。


「おおおおお!」

「すごい!」

「あれが!」


 群衆だけでなく、騎士の人たちも驚いているが、驚いているのはもちろん俺も同じだ。


 これはすごい!


 やがて光の柱の上のほうから徐々に光のヴェールのようなものが生まれ、まるでドームでも作るかのように徐々に地上へと降りてくる。


 なんというか……これは……すごいな。


 いや、月並みな感想なのだが、すごいとしか言いようがないのだから仕方がない。


 やがてドームは地上の近くまで降りてくる。降りてきた先は通りの先に見える街壁の向こう側なので、このドームの範囲は町よりも広いようだ。


 と、突然地面から金色の暖かな光があふれだした。ドームの天井部分も同じように光っており、その光は徐々に強くなり……。


 突然消えた。


 ええと? これは……どうなったんだろう? 成功した、んだよな?


 それからしばらくすると、神殿から聖女様が姿を現した。どことなく疲れているように見えるが、それでもはっきりと通る声で宣言する。


「我が親愛なる民よ。破邪の儀は成功した。今後、わらわが共にある限り、アニエシアが魔物に脅かされることはない」


 すると群衆からも騎士たちからも大きな歓声が上がった。


「これにて我が国は聖国となった。これより我が国はサン=アニエシアを名乗る」


 再び周囲から大きな歓声が上がる。


「本日七月十九日を祝日とし、祝祭を執り行う。今宵は存分に楽しむが良いぞえ」


 またしても大きな歓声が上がった。聖女様はそれに手を振って応えると、そのまま神殿の中へと姿を消すのだった。


◆◇◆


 その後、俺たちは騎士団の本部へと移動した。訓練場に集合し、整列して隊長の演説を聞く。


「お前たち! よくやってくれた! 誰一人犠牲者を出すことなくアニエシアの、いや、サン=アニエシアの悲願を果たすことができた。お前たちはサン=アニエシアの誇りだ! 胸を張れ!」


 隊長は熱く演説を続ける。


「だが、俺たちの仕事がこれで終わったわけではない。これからがサン=アニエシア騎士団の始まりだ! 聖女様のご恩に報い、聖女様をお護りし、そして女性の方々の、民の皆の日々の営みを守る! それが我らの本懐なのだ! お前たちの一層の奮起を期待する!」


 すると騎士たちは一斉に敬礼する。


「最後に!」


 隊長は俺のほうに視線を送ってきた。


「ショータ、前に出てくれ」


 料理をしていただけなので少し気恥ずかしいが、指名されて出ないわけにもいかない。


 前に出ると、隣に来いと隊長に促されたのでそれに従う。


「ショータは今回の陰の立役者だ! 魔窟の中で高級レストランより美味いメシを食えたのはショータの固有魔法のおかげだ! あの食事のおかげでどれほど力が湧いたのか、お前たち自身がよく理解しているはずだ。お前たち! ショータに敬礼!」


 すると騎士たちは一糸乱れぬ動きで一斉に敬礼してきた。


 う……慣れていないからちょっと気恥ずかしいな。


「ショータ、最後だ。皆に何か声を掛けてやれ」


 え? 最後?


 ……ああ、そうか。そうだった。これで陽菜の軟禁も解かれるはずだから、騎士団のみんなと行動を共にするのもこれで最後なんだった。


 そう考えると、妙に寂しくなるのだから不思議なものだ。陽菜のところに戻れて嬉しいはずなのに。


「ショータ」

「はい」


 ええと、そうだな……。


「皆さん、悲願の達成、おめでとうございます! サン=アニエシアの、歴史が変わる偉業のお手伝いができたことを嬉しく思います。えー、皆さんとお別れするのは、本当は少し寂しいんですが、でも、俺は陽菜と一緒に旅をして、料理の腕を磨きます。いつかどこかで、またお会いできたら、そのときは俺の料理をまた食べてください。えー、皆さん、ありがとうございました」


 俺が頭を下げると、再び騎士団のみんなが敬礼をしてくれた。


「ショータ、ありがとう!」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 俺は隊長と固い握手を交わした。


「ところでショータ、聖女様から餞別せんべつがあると聞いているぞ」

「え? 餞別ですか?」

「そうだ。宮殿に戻ったら第一応接室に来るようにとのことだ」

「分かりました。聖女様をお待たせするわけにもいかないですし、行きますね」

「ああ。だが、その前にやることがあるだろう?」

「え?」

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