第29話 高級品

 亜空間キッチンの掃除と後片付けをし、さらに明日の朝食の仕込みを終えて帰ってくると、なんとそこには隊長が待っていた。


「お! 帰ってきたな」

「あ、隊長。何かありましたか?」

「ああ。ショータ、今日の夕食は最高だったぞ。一体なんなんだ? あの溶けるように柔らかい肉は?」

「え? 牛肉ですけど……」

「……アレが牛肉なのか」

「はい」

「あのな」

「はい」

「悪いが、次からはもう少しクオリティを落としてくれ」

「え? なんでですか?」

「あんなのを毎日食っちまうと今後に支障が出る」

「ええっ?」

「あんな肉はアニエシアじゃ手に入らない。だからあのレベルの食事に慣れちまったらダメだ。一回くらいなら特別な食事だったってことで済ませられるが、あれが基準になったらもう野営ができなくなる。分かるだろ? これまでの食事を思い出してみろ」

「え? あー、たしかに……」


 言われてみれば、初日のお昼に新鮮な野菜とハムのサンドイッチを食べた以外、すべてナッツ類か堅パン、そして干し肉と野菜の塩スープだった。


「わかりました。次からはもう少しシンプルなのにします」

「ああ。だが、美味かったぞ。もしお前がレストランを開業したら、必ず行く。約束しよう」

「ありがとうございます」


 そう言って隊長は部隊のところに戻っていった。


 となると明日の朝食は同じオニオンスープとハムサンドの予定だからいいとして、夕食はどうしようか……。


◆◇◆


 翌朝、魔窟攻略隊の騎士たちはスッキリした気分で目覚め、祥太たちの朝食にありつこうと食事処にやってきた。


「お! 今日の朝食はサンドイッチか」

「一人二つだってよ」

「白パンとかどっから手に入れたんだ?」

「なんか料理番としてついて来てくれてる男が聖女様の客人の女性の彼氏で、料理関係の固有魔法持ちらしいぜ」

「ああ、そういうことか。昨日の晩メシ、美味かったもんなぁ」


 そう言いながら、彼らはサンドイッチとスープを受け取り、思い思いの場所に座って食べ始める。


「なあ。なんかさ。俺、いつもよりスッキリしてて、どことなく体が軽い気がするんだよな」

「お前も?」

「え? お前もなのか?」

「みんなそうなのか。やっぱ昨日、あんだけ美味いメシ食ったからじゃね?」

「ああ、かもな。特にあの肉!」

「な! 溶けるみたいに柔らかかったし、脂も甘いし……」

「アレに比べたら、俺がご馳走だと思って食ってた肉……」

「固いよな……」

「ああ。革かじってるみたいだよな」

「……たしかに」


 そんな話をしつつ、彼らはサンドイッチにかぶりつく。


「っ!?」

「なんだこのパン! ふわふわだぞ!?」

「それにこのチーズもおかしい! なんだこの口いっぱいに広がるこのコクは!?」

「ハムだって臭みが全然ないぞ!」

「いやいや、この中に入っている白いソースはなんだ!?」

「ヤバい! こんなん食ったらもう普段のサンドイッチなんて食えねぇぞ!」


 こうして彼らは口々にサンドイッチを称賛しつつ、ものすごい勢いで平らげていくのだった。


◆◇◆


 朝食の提供が終わり、今は料理番の仲間たちが洗浄魔法で皿洗いをしている。洗浄魔法というのは生活魔法の一種で、文字どおり何かを綺麗にする魔法だ。


 ただ、綺麗にするといっても、別に汚れが消えてなくなるわけではない。単に汚れを魔法で移動させているだけだ。そのため食器は綺麗になるが、大量の汚れが残る。


 ではその汚れをどう処理しているかというと、少し離れた場所にぽいと捨てるだけだ。ネズミやゴキブリが寄ってきそうな気がして気になるが……。


 他の処理方法も思いつかないし、仕方がない。


 そんなことを考えつつサンドイッチを食べていると、朝から怖い顔をした隊長がこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。


 おや? 何かあったんだろうか?


「ショータ!」


 えっ? 俺?


「俺は昨日、あんまり美味すぎるもんを出すなって言ったよな?」

「えっ? はい。言われましたけど……」


 今回はそんなにすごいのを出したつもりはないのだけれど……。


「あのサンドイッチはなんだ!」

「ええっ? どういうことですか?」

「どういうことですか、じゃない!」

「ええと……すみません。よく分からないんですけど……」


 すると隊長は呆れたような表情で大きなため息をついた。


 よく分からないが、どうやら何か入れてはいけない高級食材があったようだ。


 ならばここは素直に謝って聞いてしまおう。


「すみません。何がダメだったんでしょうか?」

「全部だ!」

「えっ!?」

「だから全部ダメだと言っているんだ。なんだ! あんな高級食材を使いまくりやがて」

「えっ!? 高級食材!? どういうことですか!?」

「どういうことですか、じゃない! あんなふわふわのパン、宮殿か最高級のレストランくらいじゃないと出てこないだろうが! あのハムもチーズもそうだ! それに、特にあのソースはヤバい! 確実に中毒者が出る!」


 ソース? ええと……あ! マヨネーズのことか!


 そうか。そういえばマヨネーズはここにはないんだった。


 いや、でもマヨネーズなら簡単に作れるよな。


「ソースは簡単ですよ。卵の黄身とお酢と塩と菜種とか大豆とかのくせのない植物油を――」

「十分高級品じゃねぇか!」

「えっ!?」

「玉子は最低でもシルバーからだ! いくら騎士でも気軽に食えるもんじゃねぇ!」

「あっ……はい……」


 危なかった。玉子スープを作ろうと思っていたところだ。


 あれ? ということは、玉子サンドとかもダメってこと……あ! 俺、庶民向けで玉子サンド売ってたわ。


 うーん。ちゃんと調べたつもりだったけど、さすがに卵までは見てなかったな。


「おい! ガエル!」

「はいっ!」


 隊長に呼ばれ、皿洗いをしていたガエルさんが飛んできた。


「お前、ちゃんと言ったよな? ショータは聖女様の客人の女性の彼氏だ。金銭感覚がぶっ壊れてるから、高級品を出さないように注意しろって」

「はい……」

「じゃあなんで二回連続で高級品が出てきてんだ!」

「それは……俺らはあいつの厨房に入らせてもらえないんで……」

「ああん?」


 隊長はガエルさんをにらみつけた。ガエルさんは何も言えずにただ嵐が過ぎ去るのを待っているように見える。


 すると隊長が俺のほうに視線を送ってくる。


「ショータ、一応聞くがお前のキッチンにこいつらを入れるのは……」

「嫌です。そもそも他の人が入れるほど広くないですし、自分以外の人を入れたのは陽菜だけです」

「まあ、そうだろうな。料理人は自分のキッチンに他人を入れるのを嫌うっていう話はよく聞くしな」


 もちろん自分の城だから嫌だというのもある。だがそもそも俺以外が調理した料理は魔法料理にならないため、持ちだすことができないのだ。


 手伝ってもらうとしたら持ち込んだ食材の下ごしらえだが、それであれば狭い場所でやる必要はない。広い外で調理してもらい、亜空間キッチンに持ち込むほうがよほど合理的だ。


「とにかく! ガエル! お前、なんとかしろよ? 一応顔役なんだろ?」

「はい」

「ショータも、ほどほどに頼むぞ?」

「はい」


 こうして隊長は立ち去っていった。それを見送ったカエルさんは怖い顔で俺をにらみ――


「おい、ショータ、ちゃんとやれよ?」


 そう言い残し、皿洗いの仕事に戻っていった。


「え? あ、はい。気をつけますね」


 一応そう答えたが、そんな適当な指示でいいのか?


 どうしたらいいかさっぱりわからないんだが……。


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 次回更新は通常どおり、2024/03/03 (日) 18:00 を予定しております。

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