第28話 魔窟ごはん

 先遣隊による調査の結果、魔窟の構造は変わっていないことが判明したので、俺たちは前回ベースキャンプを置いたという場所にベースキャンプを置くことになった。そこはドーム状の空間になっており、全員が一度に横になれるほどの広さがある。


 というわけで、ようやく亜空間キッチンの出番だ。これまではアニエシアから運んできた食材を使って普通に調理していたが、これからはそうはいかない。


 なぜなら魔窟の中ではどこに魔物が現れるか分からないため、補給物資を届けるだけでも危険が伴うからだ。戦いに慣れた騎士たちであればまだしも、荷物持ちや料理番にとってはあまりに危険だ。かといって、貴重な精鋭騎士たちに荷物持ちやその護衛をやらせるのはもったいない。それにそんなことをしていたら、せっかく魔物を排除した場所を奪い返されてしまう。


「隊長、それじゃあ食事の支度をしてきます」

「ああ、頼んだぞ」

「はい」


 俺はさっそく亜空間キッチンへと移動した。


 少し広くなり、二口コンロに以前よりも大きな冷蔵庫と、使うかどうか不明だが電子レンジまで備え付けられている。


 実は今回の遠征で料理番を任された日から毎日、魔力を注ぎ込んで亜空間キッチンを拡張しておいたのだ。


 そしてこのキッチンにはすでに食器と根菜類などの傷みにくい食材を運び込んである。


 これは神様にお願いしたときに想定した使い方ではないが、移動式の倉庫のように使えるのでものすごく便利だ。


 さて、今日のメニューだが……どうしよう?


 毎回同じメニューだと飽きるだろうけど、毎日色々と考えるのも大変だから何種類かの料理をローテーションするのが良さそうだ。


 うーん、でもいきなり手抜きっぽい料理を作るのもなぁ。


 いや、でも初日だしな。景気づけに、ステーキでも焼こうか。


 俺は魔法で和牛のサーロインステーキ肉を人数分作り出すと、丁寧に叩いて筋を切っていく。こうすることで柔らかく、食べやすいステーキになるのだ。


 その作業が完了すると、塩胡椒を両面に少々振って馴染ませてやる。


 続いて持ってきた玉ねぎを薄切りにし、肉にまぶすようにしてしばらく放置する。こうすることで肉が柔らかくなるのだ。


 今のうちに付け合わせの野菜を準備しよう。


 ニンジンは持ってきているし、あとは……彩りを考えてインゲンにしようかな。


 俺はインゲンを魔法で作り出す。


 いやー、それにしてもこの魔法、本当にチートだよな。特に、食材を作るだけなら大して魔力を使わないのが本当にポイントが高い。


 おっと、そんなことよりさっさと料理をしてしまおう。


 インゲンは水でさっと洗って……あれ? もしかして洗わなくても良かったかな? 今、魔法で作り出したのだから、そもそも落とすべき汚れは一切ついていないような?


 まあ、いいか。洗うのは癖だし。


 俺は鍋に塩を少々加えた水を入れて火にかけ、沸くのを待っている間にインゲンの筋を取っていく。


 よし。できた。


 さあ、茹でてしまおう。


 インゲンを湯だった鍋に入れると数分で色が鮮やかになってきた。


 よしよし、いい感じだ。


 手早くお湯からあげ、冷水に入れて一気に冷ます。こうすることで鮮やかな色を保つことができるのだ。


 あとは水気をふき取って、使うまでは冷蔵庫で保存しておく。


 続いてニンジンだ。こちらは皮をむき、一口サイズに乱切りにして十分ほど茹でる。


 芯が無くなれば完成なので、しばらく茹でておこう。


 続いてスープを作っていく。


 先ほど刻んだ大量の玉ねぎの薄切りのうち、肉にまぶしていないものを熱したフライパンに入れ、バターでしんなりするまで炒めていく。


 出来上がったらそれを水を張った寸胴に移し、再び玉ねぎを炒める。


 それを三回繰り返したところでフライパンを火からおろし、寸胴と入れ替える。沸騰したらコンソメスープの素を入れ、しばらく煮込んでから塩で味を調えれば完成だ。


 お! ニンジンがちょうどいい感じになっているな。


 俺は鍋を開けてニンジンを取り出し、冷水で一気に熱を取ってやる。


 よし。続いてシャリアピンソースの準備だ。完成させるのはステーキを焼いたあとだが、今のうちに準備をしておかないと手間取ってしまう。


 俺はニンニクと玉ねぎを大量にすりおろしていく。ニンニクは玉ねぎ一個に対してひとかけらが適量だ。そこへ醤油二に対して赤ワインとお酢と砂糖を一の割合で入れて、まとめてフライパンで火にかける。


 こちらは赤ワインのアルコールが飛び、玉ねぎに半分くらい火が通ったら加熱を止める。普通のレシピだとここにバターを加えて完成させるのだが、俺はここにステーキを焼いたときに出る肉汁を加える。


 ついでにスープの玉ねぎもいい感じに煮えていたので、塩で味を整えて完成だ。


 俺は完成したスープの寸胴を持ち、外に出た。


「ガエルさん、これ、お願いします。オニオンスープ、一人一杯です。配膳のときに乾燥パセリを一つまみ散らしてください」

「え? あ、ああ」


 俺は料理番のリーダー的な存在のガエルさんにスープを託すと、再び亜空間キッチンへと戻る。


 さあ、次は付け合わせを完成させよう。


 フライパンにバターを敷き、ニンジン、インゲン、そして肉にまぶしておいた玉ねぎを一気に炒めていく。


 バターと玉ねぎの塩コショウで味がついているので、これ以上の味付けは不要だ。シャリアピンソースも掛かるので、塩コショウをすると味が濃くなりすぎてしまう。


 俺は一気に付け合わせの準備を終え、ずらりと並んだお皿に盛り付けていく。


 よし! あとはステーキを焼くだけだ。


 ニンニクをさっと輪切りにし、オリーブオイルと共にフライパンで加熱する。香りが移ったらすぐにニンニクは取り出しておく。


 こうしないとニンニクが焦げて台無しになってしまうからな。


 さあ、あとは時間との勝負だ。


 フライパンから煙が上がるまでカンカンに加熱したら、ステーキを一気に焼いていく。


 ステーキを焼くときは一度しかひっくり返してはいけない。


 強火で一気に加熱し、表面にぽつぽつと肉汁が出てきたらひっくり返す。


 あとはここでフランベをするのだが、その前にソース用の肉汁を頂いて……さあ、あとはフランベだ。


 俺は赤ワインのボトルの口に親指を添え、パパッと振りかける。


 ボワッ!


 一気に火が上がり、赤ワインの香りが充満する。


 よしよし。あと焼き加減を見て……完成だ。


 俺は同時に焼いていた二枚のステーキをそれぞれお皿に盛り付け、特性シャリアピンソースを掛けた。そしてすぐに外に出る。


「お待たせしました。牛サーロインステーキが焼き上がりました。二枚ずつ焼いていきますので、順番に配ってください」

「お、おう」


 こうして俺は亜空間キッチンへと戻り、ひたすらステーキを焼いていくのだった。


◆◇◆


 すべての調理を終え、俺は少し遅い夕食を食べている。


 それにしても、この肉、すごい柔らかいな。前に食べた松坂牛のサーロインステーキをイメージしたせいか、それそっくりの食感と脂の甘さだ。付け合わせも上手くできたし、シャリアピンソースもバッチリだ。


 コンソメスープもだしの素を使っているだけあって安定の味だし、出先でこれが食べられるなら十分じゃないだろうか?


 持ってきた黒パンがぼそぼそしていてあまり美味しくないのがマイナスだが、こればかりは仕方がない。


 ああ、そうそう。ちなみに今回の魔法料理の効果は、ほんの気持ち程度疲労が回復するというものだ。


 食材を出す時はほとんど魔力を消費しないが、作る料理の効果の大きさに応じて消費する魔力は増える。


 だがそれは裏を返せば、効果の低い料理であれば魔力はほとんど消費しないのだ。


 だから初日に作ったサンドイッチのように強力な魔法料理はいざというときだけ作り、普段はほとんど効果のない料理を作れば飢えることはないと思う。


 そうしてじっくり味わいつつ料理を食べ終えると、俺は食器を料理番の仲間に預ける。


 調理と食材調達が俺の担当なので、後片付けや配膳などは免除されているのだ。


 といっても亜空間キッチンは俺の城だから、そこの掃除だけは自分でやるけれど。


================

 次回更新は通常どおり、2024/03/02 (土) 18:00 を予定しております。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る