第27話 出征
それから一週間後、いよいよ魔窟攻略隊の騎士たちと共に魔窟へと向かう日がやってきた。
「祥ちゃん、気を付けてね」
「うん。一応俺は料理番だからそんなに危険はないはずだけど……」
「それは知ってるけど……でもちゃんと帰ってきてね」
「もちろん。陽菜を一人にしないよ」
「うん」
陽菜は心細そうな様子で、俺に抱きついてきた。俺も陽菜を安心させてあげようと、そっと抱きしめる。
陽菜のいい香りにまたしても俺は押し倒したくなるような衝動に駆られるが、鍛え上げた精神力でそれをしっかりと抑え込む。
まだだ。魔窟から帰るまではまだダメだ。無事に攻略をして、軟禁を止めさせてからだ。それで陽菜の隣に立って恥ずかしくない男になって、きちんと告白して、そういうのはそれからだ。
「陽菜、安心して。俺が陽菜をここから出してあげるから」
「うん。でも、それよりケガしないでね。できるだけ早く帰ってきて」
「うん。約束する」
それから俺たちは無言でしばらく抱き合っていたが、そろそろ行かなきゃいけない時間だ。
「陽菜、俺、行かなきゃ」
「……うん」
陽菜は俺の背中に回した手にぎゅっと力を入れ、それからするりと離れていく。
「あ! そうだ!」
陽菜が突然俺の後頭部に手を回し……。
ちゅっ。
右頬に柔らかい感触が……。
えっ? えっ? えええっ?
い、今、キ、キ、キ、キス、された……?
「え、えへへ。そ、その、お守り。ちゃんと無事に帰って来れますようにって」
「陽菜……」
照れくさそうにしている陽菜が本当に可愛い。
キ、キスもしてくれるくらいだし、告白しても……。
い、いや、待て待て待て。魔窟を攻略して、帰ってきてからだ。
「ありがとう。勇気が湧いてきた」
「本当?」
「ああ。ちゃんと無事に帰ってこれそうな気がする」
「うん。絶対だよ」
「約束する」
こうして俺は心強いお守りを貰い、魔窟へと出発するのだった。
◆◇◆
三日ほど森の中を進み、俺たちは魔窟の入口に到着した。魔窟と言うからには崖にぽっかりと横穴が開いているのを想像していたのだが、入口は地面にぽっかりと開いた縦穴だった。
すでに日が傾きかけている影響もあってか穴の中に日は差し込んでおらず、穴の深さまでははっきりとしない。
「着いたぞ! 松明を投げ込め」
「はい!」
騎士の一人が松明に火を点け、穴の中に放り込んだ。するとすぐに穴の底に到達し、ごつごつとした岩肌を明るく照らし出す。
「よし。変化なし。手筈どおりに突入する」
「はっ!」
隊長の指示で、近くの木に固定した縄が三本降ろされる。すると身軽な格好の騎士たちが三本の縄を使ってするすると縦穴を降りていった。
縦穴の底に着いた騎士の一人が素早く松明を拾い、残る二人は短剣を抜いて周囲を警戒する。
彼らが穴の奥へと消えると、すぐに一人が戻ってきて安全を確保したというハンドサインを送ってきた。
「よし。続くぞ。最初の広間を確保する。先遣隊、突入」
「「「はっ!」」」
隊長の合図で騎士たちが突入していく。俺の所属は本隊なので、突入はもうしばらく先だ。
それからしばらくして、俺たちが突入する番になった。
俺は隊長の指示に従い、ロープを伝って縦穴の底に降り立った。正面にぽっかりと高さ二メートル、幅一メートルほどの少し下っている横穴が口を開けている。
俺は前の騎士に続き、横穴に入った。
洞窟の中はすでに先遣隊の騎士たちによって松明が岩肌に括りつけられており、点々と行く道が照らしている。
危険だと聞く魔窟だが、今のところは魔物の気配はない。
「ショータ」
「はい、隊長。なんですか?」
「油断するなよ? 突然横穴から魔物が出てくることもある。ここは安全じゃないぞ」
「はい。ありがとうございます」
どうやら気が緩んでいたようだ。
俺は改めて気を引き締めると、警戒しながら魔窟の中を進むのだった。
◆◇◆
一方その頃、アニエシアに残った陽菜は恒例となった聖女とのティータイムを楽しんでいた。
「はぁ。祥ちゃん、大丈夫でしょうか……」
「ヒーナ、もう何度目じゃ?」
「でも……」
「あやつは料理番になったと聞いておるぞ。ならば危険はあるまいて」
「はい……」
すると聖女はやれやれといった表情を浮かべた。
「異世界の女は面倒じゃのう」
「すみません……」
「じゃがな。そなたを見ておると、ユーコが男は一人にしろと言った理由がわかるのう」
「え?」
「この世界の女はのう。誰か一人に執着することなどないのじゃよ。女と男は寿命からして違うからのう。執着したところで、どのみち見送ることにしかならぬ」
「それは……あたしたちもそうなることが多いですけど……でも!」
「ヒーナ、どう生きるかはそなたが決めることじゃ。女のルールは覚えておるな?」
「はい。他の女の人のものを奪っちゃいけないんですよね? 欲しくなったら交渉する」
「そうじゃ。あとは他の女の生き方に文句をつけぬこと。これさえ守れば女は好きに生きてよい」
「はい」
「ところでヒーナ」
「なんですか?」
「そなたは付き人をつけたのかえ?」
「えっ? なんでですか?」
「そのドレスは他人の助けがなければ着れぬはずではなかったかえ?」
「え? あ、はい。そうですけど、自分で着ました」
「む? どういうことじゃ?」
「実は祥ちゃんに魔法を教わって、自分でできるようにしたんです。やっぱり祥ちゃん以外の男の人に体を触られるなんて気持ち悪くて嫌ですから」
陽菜が恥ずかしそうにそう答えると、聖女は大きなため息をついた。
「やれやれ、筋金入りじゃのう。こんな女ばかりでよく国が成り立つものじゃ。まったく、異世界はわからんのう」
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次回更新は通常どおり、2024/03/01 (金) 18:00 を予定しております。
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