第2話 初調理
気付けば俺は森の中に一人で立っていた。いつの間にか服も変わっていて、着慣れた制服からごわごわした着心地の悪い服になっていた。
なんだこれ? どうなってるんだ?
「ここは……?」
「祥ちゃん!」
後ろから陽菜に声を掛けられた。振り返るとそこには、胸が大きくてスタイル抜群の陽菜っぽい超絶美少女が立っていた。
うわっ!? やばい! こんな美人って実在したんだ! あまりに美人過ぎて、顔を見ただけでドキドキしてしまう。
っていうか、陽菜はどこだ? さっき陽菜に声を掛けられたよな?
俺はきょろきょろと周囲を見回すが、陽菜の姿はどこにもない。俺の周囲にはなんとなく陽菜っぽいこの超絶美少女だけだ。
まさかこの人が陽菜……なわけないよな?
陽菜は可愛いほうではあるものの、あそこまでの美人というわけではなかった。
それに何より、陽菜はまな板なのだ。明らかに体型が違う。
手足については……まあ長いとはよく言われていたけど、あんなにすらっとはしてなかった。それに、どことなく陽菜よりも色白な気もする。
同じなのは女バレで鍛えた引き締まったウエストくらいか。
あ、あと背の高さも同じくらいだな。
うん。やっぱりこの子は陽菜じゃない。間違いなく別人だ。
大体、俺と陽菜は幼馴染で、毎日顔を合わせているのだ。見ているだけでドキドキするなんてありえない。
「えっと、その、すみません。ここらへんに俺と同じくらいの女の子がいたと思うんですけど、見かけませんでしたか?」
「え? あはははー。あたしだよー。陽菜だよー」
「はい? 陽菜!?」
いや、信じられない。この美人が、陽菜の声で自分が陽菜だと言ったのか!?
「そうだよー。今朝、祥ちゃんに晩ご飯はオムライスってリクエストしたじゃん」
「……ああ、これは陽菜だな」
俺たちはお互い両親が共働きで、家も隣同士なので陽菜はよく俺の家で食事をする。
だからよく料理を作ってあげるのだが、その中でも特に陽菜が気に入っているのがオムライスだ。今朝も登校するときにオムライスをリクエストされている。
ちなみに調理の担当は俺で、後片付けの担当が陽菜なのだが、そのことに不満を持ったことは一度もない。俺はやりたくてやっているし、何より陽菜はものすごく美味しそうに食べてくれるので、実はそんな陽菜の顔を見るのが何よりの楽しみだったりするのだ。
そもそも俺が料理人になりたいと思ったのだって、美味しそうに食べてくれる人を見るのが好きだからだし。
とまあ、そんな余談はさておき……。
「陽菜。あのさ。その姿って……」
「うん。だって、ほら。太田さんの見たらやっぱり……ね?」
「ま、まぁ……」
気持ちは理解できる。女子はやっぱりルックスが大事なんだろう。
太田さんのはどう考えてもやりすぎだと思うが、このぐらいならまあ、許容範囲内、なの……かな?
うーん。ただなぁ。身内びいきはあるだろうが、元の陽菜も俺的には結構可愛いと思っていたので、そんなイメチェンしなくても、とは思う。
「ねぇ、可愛い?」
陽菜はそう言ってくるりと回った。俺の服とは違い、見るからに着心地の良さそうな膝下丈の白いワンピースの裾がふわりと揺れる。
なんで服装で差別されているんだろうか? どうにも納得いかない。
そんなことを考えていると、陽菜はぷくっと膨れながら俺を見つめてきていた。
「ねえってば」
「え? あ……」
ヤバい。めちゃくちゃ可愛い。こんな美人に見つめられるのは初めてなので、ドキドキしてもう何が何だか分からなくなってしまう。
「ねえ、祥ちゃん? 可愛い?」
「あ、その、うん。可愛い。すごく可愛いです」
「やったぁ」
陽菜は嬉しそうに笑い、ガッツポーズをした。
ううっ、可愛い……。
こんな美人がいたら絶対にクラスのアイドル……あれ? ちょっと待てよ?
「陽菜!」
「なあに?」
「あのさ。これ、試練が終わって帰ったら願いってどうなるんだろ?」
「えっ? あ……どうなるんだろ? 考えてなかったや」
一瞬ハッとした表情になったが、陽菜はすぐにへにゃりと表情を崩した。
「でもさ、きっと帰ったら元に戻るんじゃない? だって、日本には魔法なんてないじゃん? だったらこんな魔法みたいなことだって、なくなるんじゃない?」
「ああ、それもそうかもね」
もし願い事がそのままだったら、俺は日本に帰っても俺は魔法料理を作れることになる。いくらなんでもそれはあり得ないだろう。
「陽菜、そういえばさ。もう一つの願い事は何したの?」
「すごい魔法が使えるようになりたいですってお願いしたんだー。でもね。そしたらね。最初から色んな魔法が使えるようになるのか、それとも素質がすごいのかのどっちかしかダメって言われて、それでね。素質がすごいほうにしたの。なんか、習うのはそんなに難しくないって言ってたし。祥ちゃんは?」
「魔法料理と亜空間キッチン」
「え? 何それ?」
「ほら、ゲームとかでさ。料理を食べるとHPが回復したりするのがあったじゃん。あれ。あと俺専用の、魔法で食材が出てくるキッチン? がもらえるみたいな感じ」
「あはは、なんだか祥ちゃんらしいなぁ」
ものすごい美人が、陽菜の仕草のままで弾けるように笑う。
か、可愛い……。
「てことは、あたしはこっちでも祥ちゃんの手料理、食べ放題だね」
「なんだ? ずっとたかる気か?」
「もちろん! いいでしょ?」
陽菜はそう言って胸を張った。
う……今まではまな板だったくせに、たゆんたゆんと揺れる大きな膨らみが……。
「あれ? ああー、気になるのかなぁ? そういえばあたしのこと、いつもまな板とか言ってくれてたもんねぇ。それっ」
陽菜はニヤニヤしながら俺の腕を取り、胸をぎゅっと押し付けてきた。
「ほらほら、どう?」
く、くそっ! や、柔らかい感触が……。
それにこのなんとも言えないいい香りはなんだ?
なんだか股間の息子が元気になり、そのまま陽菜を押し倒してしまいたい衝動に襲われる。
だ、ダメだ。そんなこと……!
「……ま、まあ、いいぞ。いつでも食わせてやる。い、いつものことだし」
俺は平静を装ってそう答えたのだが、俺が動揺していることはバレバレだったようで……。
「ありがとー! ところでさぁ」
「な、な、なんだよ……」
「祥ちゃんったらさぁ。顔が赤くなってるよー? どうしたのかなー?」
こいつ、か、からかいやがって……。
「ねぇ、祥ちゃーん。あたし、お腹空いたー。なんか作ってぇ?」
陽菜はわざとらしく甘えた声でそう言ってきた。
……くそう! 陽菜なのに、陽菜なのに! 可愛すぎてどんな願いも叶えてあげたくなってしまう!
え、ええい。そうだ! 俺だってちょうど小腹がすいてきたところなんだ。そう、断じて誘惑に負けたわけではない!
「分かった。分かったから。えっと、亜空間キッチンは……あ、こうすればいいのか。ちょっと待ってろ。軽く作ってやるから」
なぜか入り方が自然と頭に浮かんだので、俺は逃げるようにして亜空間キッチンの中に入った。
亜空間キッチンはかなり狭いようだ。だがまな板と包丁、そして小さなフライパンと一口コンロがあるので、最低限の調理はできそうだ。
「わっ! すごーい!」
……俺の腕に引っ付いていた陽菜も一緒に入ってきていた。
「陽菜、ごめん。悪いけど、危ないから端に寄ってて?」
「はーい」
陽菜が腕から離れていく。
ホッとしたような、残念なような……いや、ものすごく残念なような……じゃなくて!
ええと、食材は……ああ、なるほど。そういうことか。こちらもどうすればいいか、俺はすでに知っていた。
「とりあえず、パパッと作れるのにするよ」
俺は足元にある小型冷蔵庫に手を触れ、魔力を流してから扉を開けた。これでベーコンとピザ用チーズ、生卵、ケチャップが冷蔵庫の中に出現しているはず。
俺は冷蔵庫を開け、中身を取り出した。
続いて引き出しに魔力を流してから開き、食パンと塩、胡椒を取り出す。
「わっ! すごーい!」
陽菜が歓声を上げる。頭ではもちろんすごいと思うのだが、一方でなぜかこれが当然のことだと強く感じていて、なんとも複雑な気分だ。
それはさておき、さっさと料理をしてしまおう。
俺はフライパンに食パンを乗せ、片面を焼いていく。
続いてベーコンを一口サイズに切ってフライパンの端に乗せ、パンと一緒に加熱していく。本来は別のフライパンで加熱するものだが、コンロが一口しかないのだから仕方がない。これも時短のテクニックだ。
その間に卵を溶いてピザ用チーズを混ぜ、塩胡椒を少々加える。
両面がしっかりトーストされたところでパンを取り出し、さらにカリカリに焼けたベーコンをトーストの上に乗せる。
それから溶き卵とチーズをフライパンに入れ、強火で一気にスクランブルエッグを仕上げる。
味付けは……よし。バッチリだ。
スクランブルエッグをトーストの上に盛り付け、ケチャップをひと回し。上からトーストでサンドすればベーコンエッグサンドの出来上がりだ。
俺はベーコンエッグサンドをラップで包み、三角形になるように包丁で二つに切る。
断面には卵の黄色とチーズの白、ベーコンの褐色とケチャップの赤が美しいコントラストを作っている。
俺の人生初の魔法料理、ベーコンエッグのホットサンドの完成だ。
「陽菜、お待たせ」
「やったぁ! 美味しそー!」
陽菜は嬉しそうにベーコンエッグサンドにかぶりついた。口元が汚れるのも気にせず。目じりを下げながら本当に美味しそうに平らげていく。
ああ、うん。やっぱり陽菜だ。仕草も食べ方も、何もかもが俺の知っている陽菜だ。
あっという間に一つ食べた陽菜はもう一欠片にも手を伸ばす。
「ねえ、こっちも食べていい?」
「いいよ。もう一個作るから」
「やったぁ! 祥ちゃん大好き!」
陽菜はそう言うと、ベーコンエッグサンドにかぶりつくのだった。
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当面の間、更新は毎日 19:00 の予定です。
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