第3話 帰還方法

 ベーコンエッグサンドを食べ、俺たちは亜空間キッチンから戻ってきた。さくっと作って食べたので、それほど時間は経っていないようだ。


「さて、どうしよっか……」

「あたしたち、試練を乗り越えないと還れないんだよね?」

「そう言ってたよね。たしか試練が何かはこの世界に来れば分かるって……あ!」


 俺は何をすればいいのか、いつの間にか知っていた。


 知っていたのが……これって……。


「ね、ねぇ、祥ちゃん……あたしの試練、『クラスのみんなとあやちゃん先生のうち、生存している全員が一ヵ所に集まって、心から帰りたいって願うこと』なんだけど……」

「俺も同じ……」


 人それぞれ違うわけじゃないのは良かった。


 でも、この試練って、とんでもなくまずいんじゃないか?


「ねえ、どうしよう? きっと女子はほとんどみんな顔と体型が変わってる思う」

「俺もそう思う。男子だって変わってるやつ、結構いるかも……」

「うん……」

「どうやって探すんだ? これ?」

「わ、わかんない……」

「いや、待て待て。たしかあいつ、同じ場所に行くって言ってなかったか?」

「え? あたしが聞いたときは同じ世界って言ってたよ」


 あれ? そうだっけ? あー、言われてみればそうだったような?


「じゃあ、もしかして陽菜と一緒だったのはラッキーだった?」

「ううん。祥ちゃんかあやちゃん先生と一緒の場所に行きたいって言ったら、神様が祥ちゃんと一緒にしてくれたの」

「そうだったのか! ありがとう!」


 陽菜がそうしてくれなかったら、きっと俺は太田さん以外の顔が変わっている可能性に気付けなかっただろう。


「へへー、ナイス?」

「ああ。ナイス! ファインプレー!」

「じゃあ、今日の晩ご飯はオムライスね。ふわとろのやつがいい」

「もちろんです。陽菜お嬢様」


 おどけた調子でそう答えた俺に、陽菜はいつもの調子でへへっと笑う。


 と、そのときだった。


「グルルルル」


 突然低いうなり声が聞こえ、俺たちは慌てて振り返ると、そこにはなんと三匹の大きな犬の姿があった。


 いや、あれは、犬……なのか? 見るからに様子がおかしい。


 まず目につくのはその犬の目だ。白目まで赤く、らんらんと輝いており、見ただけで恐怖を感じてしまう。しかも口からはよだれがぼたぼたとこぼれ落ちており、その赤い目と相まってなんとも異様な雰囲気を醸しだしている。


「えっ? なんだあれ?」

「祥ちゃん、あれって魔物なんじゃ……」

「そ、そっか。よ、よし。陽菜、下がってて」


 俺は足元の石を拾うと前に出た。もちろん怖い。あんな大きな犬と戦うなんて恐怖でしかない。


 でも女の子を、それも幼馴染の陽菜を置いて逃げるなんて恥ずかしい真似、できるわけがない。


 それにさっき食べたホットサンドは魔法料理だった。あれには全般的なステータスアップの効果が付いていたはずなので、きっと戦えるはずだ。


「グルルルル」


 赤い目の犬たちは低いうなり声を上げながら、一歩ずつこちらに向かって歩いてくる。


「お前! どっかいけよ!」


 俺はそのうちの一匹に向けて思い切り石を投げつけた。


 パアン!


 力いっぱい投げた石はとんでもない剛速球となって飛んでいき、なんと命中した犬の魔物の体がはじけ飛んだ。


「……え?」

「きゃぁっ!」


 背後から陽菜の悲鳴が聞こえてくる。


 一瞬陽菜のところに犬の魔物が行ったのかと思ったが、そんなことはなかった。どうやらこのグロテスクな光景に驚いたらしい。


 するとその悲鳴に触発されたのか、それとも仲間がやられたことに怒ったのか、残る二匹が駆けだした。


 こいつら! 俺を……いや、違う! 陽菜に向かっている!


「こいつ!」


 俺はもう一つ石を拾い、そのうちの一匹に投げつけた。直撃はしなかったものの前脚にかすったらしく、犬の魔物はつんのめって倒れる。


 だが、残る一匹はみるみる陽菜に近づいていく!


「ひっ!」

「陽菜! させるかぁ!」


 陽菜を襲おうとする犬の魔物を止めようと走りだす。すると自分でも想定していないほどの速さでそいつに近づけてしまった。


「おっと、こいつ!」


 あまりに自分が速かったのですこし焦ったが、俺はそいつの腹をサッカーボールを蹴る要領で思い切り蹴った。すると犬の魔物は、まるで本物のボールを蹴ったときのようにものすごい速さで遠くに飛んでいった。


「グルルルル」


 あ! つんのめって倒れたやつがまだ陽菜を狙っていやがる!


「お前もどっかいけ!」


 俺はそいつも同じように蹴り飛ばす!


 すると同じようにものすごい速さで遠くへと飛んでいったのだった。


 ……あれ? 俺、強くね?


「祥ちゃん……?」


 陽菜の震えた声に、俺は我に返った。


「え? あ、ああ。大丈夫。陽菜は? 怪我はない?」

「うん……ごめんね。あたし……」


 陽菜は恐怖で腰が抜けたのか、その場にへたり込んで動けなくなっている。


「しょうがないよ。それより、早くここから離れよう。また襲ってくるかもしれない」

「うん……」


 俺は陽菜を立ち上がらせやる。そして安心させようとその肩をそっと抱き寄せると、ゆっくりとその場から離れるのだった。


◆◇◆


 それからしばらく森の中を歩き、幅三メートルほどの道を発見した。人里に出られると思ってその道沿いを歩いていたのだが、気付けば日が傾き始めてきている。


 これは、野宿になるのか?


 そんな最悪の事態を覚悟し始めたそのとき、なんと道の先に高いレンガの壁と門のようなものが見えてきた。


「祥ちゃん! あれって……」

「きっと町だ! やった!」


 門に近づいていくと、槍を持った二人の兵士が警備しているのが見えてきた。


 ……え? あれって、やっぱり本物の槍なんだよな?


 見るからにファンタジーな感じにテンションが上がる部分もあるが、それと同時に不安な気持ちにもなる。


「祥ちゃん、行ってみようよ」

「ああ」


 緊張する俺とは裏腹に、陽菜は人を見つけて無邪気に喜んでいる。


 陽菜に手を引かれて歩いて行くと、向こうも歩いてくる俺たちに気が付いたようだ。


 兵士たちは彫りが深く、ひげが生えたおじさんで……あ、あれ? 外人?


 ヤバい! 日本人じゃないってことは……。


「陽菜、あれって外人……だよね? 日本語、通じるかな?」

「え? あ! そっか! たしかに! 任せて! あたし、英語の成績悪くないから」


 そう言うと、陽菜が兵士のおじさんたちに話しかける。


「はろー。まいねーむいず、ひな、よつば。ひーいず、しょうた、あじさわ」

「はい? 今のはなんて?」


 はっ!? 日本語!?


「えっ? なんで……」


 陽菜はそう言って絶句した。


「あ、すいません。俺、味澤祥太っていいます。こっちは四葉陽菜です」

「おー、ヨゥツバーヒーナ様と、アジーサワーショーターか」


 ちょっと待って? なんで名前だけ外人訛りになってるの!?


「あー、えっと、苗字が味澤で、名前が祥太です。で、彼女は苗字が四葉で、名前が陽菜です」

「おー、なるほど。失礼しました、ヒーナ・ヨゥツバー様。それと、ショータ・アジーサワーだな。ちょっと変わった名前だが、ショータ、お前たちはどこから来たんだ?」

「ええと、日本から来たんですけど……」

「ん? ニーホン? どこだそりゃ?」

「あー、すごく遠いところだと思うんですど……」

「思う? どういうことだ?」

「いや、なんか、こう、神様? に飛ばされちゃって……」

「ほーん? つまり、修行をしている感じかい?」

「はい。そんな感じです」

「なるほどなぁ。で、ショータ、お前はヒーナ様とどういう関係だ?」

「えっと、幼馴染です」

「ん? なんだそりゃ? オーサ・ナージミー?」


 なんで時々外人訛りになるの? っていうか、幼馴染が分からないってどいうこと!?


 思わずツッコミを入れそうになるが、ぐっとこらえて説明する。


「幼馴染って言うのは、小さいころからずっと仲良しな感じです。俺と陽菜は家が隣同士で、親同士も仲良しだったんで」

「ほーん?」


 なんだかまるで理解できないという表情をしている。


「ええと……」

「ま、いいや。ヒーナ様を呼び捨てにしてるってことは、オーサ・ナージミーっつうのはそれだけ特別んだろう?」


 兵士のおじさんは細かいことを気にしていないのか、あっけらかんとそう言い放った。


 えっ!? それでいいの?


「ところで、この町は初めてかい?」

「はい」

「そうかそうか。ならちょうどいい時期に来たぞ」

「どういうことですか?」

「うちはな。あと十日で建国百周年の記念日なんだ。当日はお祭りもあるし、なんと我らが聖女様もお出ましになるんだ」

「へぇ、そうなんですね。聖女様の姿が見れるのって、やっぱり珍しいんですか?」

「ああ、もちろんだ。いつもは宮殿か神殿の奥にいらっしゃるからな。お姿を拝見できるのなんて年に一回、あるかどうかなんだぞ!」


 兵士のおじさんは自慢気にそう答えた。


「へぇ、お祭りかぁ。楽しみだね、祥ちゃん」

「うん」

「ああ、そうだ。忘れてた。ショータ、身分証を見せてくれ。それと、ヒーナ様にも身分証をお見せいただけるように頼んでくれないか?」

「え?」

「あ、あたしたち、なくしちゃって……」

「そうでしたか。それは大変でしたね。ヒーナ様、これを持って神殿に行き、手続きをお願いします。ほら、ショータ。これを渡してくれ」


 そう言って兵士のおじさんは木の札を俺に差し出してきた。よく分からないが俺はそれを受け取り、陽菜に渡した。


「ヒーナ様、神殿はこの門を入り、真っすぐ言った突き当り大きな白い建物でございます。正面からお入りいただき、神官に手続きをお命じください」

「あ、ありがとうございます」

「とんでもございません!」


 兵士のおじさんはビシッと背筋を伸ばし、左胸に当てた。


 これは……多分敬礼をしているんだろう。


 気付けばもう一人の兵士も同じように陽菜に敬礼をしている。


「ああ、あとこれはショータの分だ。神殿の場所はさっき聞いてたな? ちゃんとヒーナ様を神殿までお連れするんだぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 俺も木札を受け取り、お礼を言うとおじさんは満足げにうなずいた。そして門が開かれる。


「ヒーナ・ヨゥツバー様、それとショータ、アニエシアへようこそ」


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 次回更新は通常どおり、2024/02/06 (火) 19:00 を予定しております。

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