陽だまりキッチン、ときどき無双~クラス転移したけど、かわいい幼馴染とのんびり異世界観光します~

一色孝太郎

第1話 クラス転移は突然に

 俺は味澤祥太あじさわしょうた、高校二年生だ。


 将来の夢は料理人で、本当は中学を卒業したら料理の勉強をしようと思っていたのだが、親に大学を出たほうがいいと説得され、そこそこの進学校である都立東山高校に通っている。


 進学校といっても受験に全振りした学校でないため、三年の進路振り分けがあるまではみんなのんびりと過ごすのが東山生の特徴だ。

 

 今日も今日とて、そんな普通の一日が始まろうとしている。


「みんなおはよう。出欠を取るよー」


 ホームルームの時間が始まり、チャイムの音と共に入ってきたのは担任のあやちゃん先生だ。


明星沙織あけぼしさおりさん」

「はい」

「味澤祥太さん」

「はい」


 全員が揃っているのは見ればわかるというのに、律儀だなといつも思う。


安達蒼也あだちそうやさん」

「うぃーっす」

「もうっ、安達くん、ちゃんと返事をしてよ」

「はーい」


 あやちゃん先生は二年目の若い先生で、身長も低く童顔なので俺たちはまるで友達のような感覚で接している。でもそれは別に尊敬しないとか馬鹿にしているとかいったことではない。あやちゃんはいつも親身に相談に乗ってくれるし、人数が少ない同好会の顧問になってくれたりもしていて、すごく俺たちのことを考えてくれているいい先生だと思う。


 ……あれ? そういえば、あやちゃん先生の本名ってなんだっけ? たしか小川おがわ、だったような?


 そんなことを考えながらクラスメイトの名前が呼ばれていくのをぼんやりと聞いていると、突然目の前の視界がぐにゃりと歪んだ。


「えっ?」

「なにこれ!?」

「気持ち悪い」

「ううっ」


 どうやらそれは俺だけではなかったらしい。


 ぐにゃぐにゃして気持ち悪いのを必死に耐えていると、徐々に視界がホワイトアウトしていき……。


「私は神だ。お前たちには異世界に行き、試練を受けてもらう」


 気付けば俺たちは真っ白な何もない空間に席順のとおりに立っていた。そしてあやちゃん先生の背後に謎の白い発光体が浮かんでいる。


「神様……?」

「ヤバい! 超イケメンじゃん」

「え? 美香子、何言ってるの? イケメンじゃなくておじいちゃんでしょ?」

「は? 滅茶苦茶美人の金髪のねーちゃんだろ?」

「俺、大仏様が見えるんだけど……」


 どうやら見えている姿が人によって違うらしい。


「私は神だ。故にお前たちが神だと思う姿で見えている」


 な、なるほど?


 意味が理解できず、隣の席に座っている幼馴染の四葉陽菜よつばひなに視線を送った。だが陽菜も困惑しているようで、俺を見て困ったような笑みを浮かべる。


「ま、待ってください! 神様というならまず、うちの生徒たちを元の場所に帰してください! 勝手にこんなところに連れてくるなんてこれは誘拐――」

「発言を許可していない」

「ひっ!?」


 あやちゃん先生は悲鳴を上げ、それから慌てたようにバタバタと体を動かしている。どう見ても喋っているように見えるが、声が一切聞こえてこない。


「余計な口を挟めばこの女のように声を奪われる。分かったな?」


 あまりの迫力に、俺たちは無言で首をうなずいた。


「いい心がけだ。そして案ずることはない。帰りたくば試練を乗り越えよ。さすれば道は開かれるだろう」


 謎の発光体は明滅しながら話を続ける。


「では、お前たちの向かう世界を選ぼう。向かう世界に希望がある者は――」

「はい! あります! あたし! あろう小説の世界の逆ハー聖女に転生したいです! あ! あろう小説っていうのは小説家であろうっていうWebサイトなんですけど、そこで大人気の……」


 食い気味で手を挙げ、よく分からないことを言いだしたのは太田沙羅さらさんだ。彼女は帰宅部で、いわゆるオタクというやつらしい。


 らしい、というのは、クラスに太田さんと仲のいい人が誰もいないため、太田さんがどういう人なのかを知っている人がほとんどいないからだ。


 いつもぶつぶつと何か独り言を言っていて、学級委員の藤井さんぐらいしか話し掛けているのを見たことがない。


 そのうえ見た目もかなりアレで、その、まあ、はっきり言うとかなりのデブだ。そのうえ顔もニキビだらけで、申し訳ないが褒めるところを探すのが難しい。


 一応うちの高校はそれなりの進学校なので、あからさまないじめが起きたりということはない。だが、それでも一部ではキモがられていると小耳に挟んだことはある。


 あとは、成績は結構いいらしいという噂も聞いたことはあるが……。


「ちょっと? 太田さん? そういうのはみんなで――」

「お前の発言は許可していない。あの女のようになりたいか?」

「ひっ!?」


 割って入ろうとした藤井さんは謎の発光体に恫喝どうかつされ、口をつぐんだ。


「では話を戻そう。太田沙羅よ。お前の望みを特定するため、頭の中を見させてもらうぞ」


 するといつの間にか太田さんは謎の発光体の目の前に移動しており、謎の発光体が太田さんの額に触れている。


「ほほう、なるほど……」


 それから謎の発光体は何度か明滅を繰り返す。


「お前の望む世界と近しい世界が存在する。そこは剣と魔法の世界だ。そこではお前たち人間にあたる人族は、蔓延はびこる魔物に悩まされている。そして聖女と称される者たちがおり、神殿で祈りを捧げることで魔物から町の住民を守る結界を維持している」

「はいっ!」

「また、聖女は傷ついた者を癒し、作物が育ちやすくなるよう大地を祝福し、魔物と戦う戦士たちに聖なる加護を与える」


 謎の発光体は明滅しながら説明を続ける。


「さらに女は男と比べて圧倒的に数が少ない。そのうえ男と比べて極めて強い魔力の行使が可能だ。故に女は女であるというだけで尊重され、逆ハーとやらも当然のこととして受け入れられている」

「やった!」


 ええと? 言っている意味がよく分からないぞ?


「太田沙羅よ。お前は向かう世界を決めた。その褒美として転移に際し、お前の願いをすべて叶えてやろう」


 すると太田さんの体が光に包まれた。


 光の中のシルエットはみるみるうちに変わっていき、やがて光が収まると、そこには金髪碧眼のとんでもない白人美少女がそこにいた。


 うちの高校の制服を着てはいるものの、太田さんの面影は全く残っていない。


 どこもすごいが、まず目を引くのはその体型だ。元はだるまもかくや、というほどだったのに、まるでモデルのようにスラッとしていて背が高く、手足の長さは日本人離れしている。腰だって折れそうなくらいに細く、それでいて胸はまるでアニメキャラのような爆乳だ。


 しかも肌は雪のように白く、ニキビも完全に消えており、小顔で目は大きく、完璧に左右対称でこれ以上ないほどに整っている。にもかかわらずキツさは一切なく、あどけなさも残っていて庇護欲をそそられる。


 まさに日本人好みの理想の白人美少女といった印象だ。


「祥ちゃん……」

「うん……」


 俺と陽菜は顔を見合わせた。


「お前は人族の歴史上、もっとも強い力を持つ聖女となった。聖女サラよ。お前はすでに神聖力の使い方を知っていよう。さあ、祈りを捧げよ」


 すると太田さんらしい美少女は両ひざをつき、両手を組んで祈るようなポーズを取った。すると体全体から白く神々しい光のオーラのようなものが立ち昇っていく。


「聖女サラよ。お前は一足先に旅立つがいい」


 すると次の瞬間、太田さんの姿は消え去った。


「さあ、お前たちの番だ。お前たちは願いを二つだけ叶えてやる。ただし、それは自分自身に関するものに限られる」


 俺は相談しようと陽菜のほうに視線を向ける。だが、なんとそこに陽菜の姿はなかった。


「えっ!? 陽菜? 陽菜!」


 慌てて周囲を見回すが、他のクラスメイトたちも、あやちゃん先生までもが全員、忽然と消えている。


「あやちゃん先生!? みんな!」

「案ずるな。お前たちの真の願いを聞くため、他の者が干渉できぬよう隔離しただけだ。行き先は同じ世界であるゆえ、案ずることなはい」

「そ、そうですか……」


 同じ場所に行くなら安心か。


「さあ、願いを言え」

「あの、質問があるんですけど……」

「許す」

「このまま帰してくださいっていうのは……」

「できぬ」

「じゃあ、帰る方法って……」

「お前たちが試練を乗り越えることだ。さすれば、自ずと道は開かれよう」

「なら、その試練ってなんなんですか?」

「今は教えぬ。だが異世界の大地に降り立ったとき、お前はそれが何かを知っているだろう」


 やっぱりダメか。試練を乗り越えるのに便利なお願いをしようと思ったのだが……。


「じゃあ、他に叶えられないこととかって何かありますか?」

「摂理に反する願いは叶えられぬ」

「摂理?」

「そうだ。たとえば他の者たちが望んだものの叶えられなかった願いに、男でありながら聖女の能力を得たいというものがある」

「え? なんでダメなんですか?」

「男は子を産むことができぬ。それと同様に、神聖力は女の肉体にのみ宿る。それが摂理だ」

「なるほど?」


 さっぱりわからないが、これ以上質問しても意味がないのだろう。


 ええと、他に何を聞けば……?


「質問がなければ、願いを言え」

「そうですね……」


 参ったな。質問が思い浮かばない。


 あまり引き延ばしても怖いし、そろそろ願いを決めるべきかもしれない。


 さて、どうしよう?


 俺はイケメンというわけではないが、容姿にコンプレックスがあるというわけではない。なので太田さんみたいなのは無しだ。


 魔法がある世界だっていうし、どうせならゲームみたいに魔法を使ってみたい気もするが……。


 いや、でもどうせなら料理関係のほうがいい気がするぞ。


 ……あ! そうだ!


「じゃあ、魔法の料理を作る能力をもらうとかって、できますか?」

「魔法の料理とはどのようなものだ?」

「そうですね。たとえば料理を食べた人のステータスが一時的に上がったりとか、あとは体力を回復したりとか、ゲームでたまにあるやつなんですけど……」

「可能だ」


 そう答え、謎の発光体は明滅する。


「じゃあ、あとはこっちの世界の食材とか調理器具を自由に手に入れる魔法が使えるようになるとかはどうですか? なんかこう、通販するみたいな感じで。さすがに調理器具とか食材がないと料理、できないじゃないですか」

「不可能だ。世界を越えて物を移動させることは神にのみ許される。だがお前は神にはなれぬ」

「そうですか……」

「だが、その目的であれば別の方法で解決できよう」

「え? それって?」

「世界と世界の狭間の亜空間にお前だけが出入りできるキッチンを作り、お前自身を出入りの鍵とするのだ。こうすればお前は魔力を消費することで、望んだ調理器具や食材を生み出せよう。無論、それらをそのまま外に持ち出すことはできぬ。だが調理し、魔法料理となったものであれば持ち出せよう」


 あー、なるほど。それならいいか。


「じゃあ、それでお願いします」

「よかろう。ではお前に魔法料理と亜空間キッチンへの鍵を授ける。さあ、旅立つがよい」


 次の瞬間、俺の視界はホワイトアウトするのだった。

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