S.S.No.3「ブラッディ・チューインガム」

近頃、全国で行方不明者がでたというニュースが、後を絶たない。

私、遥が朝食のトーストに齧りついているときにも、テレビ画面は行方不明者がでたというニュースを映し出していた。

「よく飽きないわね……」

毎日毎日、変わらない内容をアナウンサーや、今や朝の顔となったお笑い芸人がもてはやす……でいいのかな……。とりあえず騒いでるのが単調すぎてつまらない。特に一人暮らしの身にとっては。

どの時間になっても一緒、大体ニュースってのは社会の……。

そのとき、テーブルの上に置いてあった私の携帯が、突如鳴った。

左手に付いていたトーストの粉を払い、携帯を開くとそこには友達である亜紀からのメールが届いていた。

「えっと……もうすぐ待ち合わせ時間だけど今何処?……って」

私はテレビ画面の左上を見た。その時間は十時、五分前。

今まで見ていたワイドショーも終わり、新たに始まった違う番組ではまた同じニュースが報道されていた。

うん……ごめん亜紀、忘れてた……。

私はその後、言うまでもないが、待ち合わせ場所に急ぐことになった。


「だからごめんってば~」

一時間ほど遅れて待ち合わせの駅前に到着した私は、寒空の下、ずっと待っていた亜紀の機嫌をなおそうと悪戦苦闘していた。

「許さない、この手のなかに『えっそんなに食べるの?苺パフェデラックス~頼んだあなたは変人です~』がない限り許さない」

「あんなの手のなかに入る物じゃないでしょ、前一度見たとき亜紀の体隠れてたし。そもそもなんであんなふざけたものが売られてるのよ?」


今年の夏に一度見たそれは、器は盥であり、見た目を一言で表すなら生クリームの山である。ところどころ見えている果物の分量とは明らかに割に合わない生クリーム、それは私だけでなくそれを見た人々の食欲を減退させる代物だった。

自分の体積以上あるはずのそれを何故か食べきった亜紀は、ニヤッと笑い「この程度?ふっ……」という捨て台詞を残してお店から去って行った、お金を払わずに、私を残して。

その後、当然代金は私が払うことになったのだが、買い物のために引き出しておいた諭吉さんが、僅かな残りカスとして返ってきた時は、正直泣くかと思った。

その後は亜紀を見つけ、全力で脅……説教をして奢らせ、買い物の荷物持ちもさせた。倍返しは基本よね?


「あの店の店長の趣味らしいわよ?とはいっても、こんな寒い時期には売られてないでしょうし……仕方ない、時間がもったいないから今回は許してあげる」

そういうと亜紀は一人さっさと街中の人ごみの中に入って行く。

「ちょっと待ってよ~!」

私は亜紀とはぐれないように急いで彼女をおいかけた。


その後、私達は早めの昼食をとった。

今回は特大パフェのようなハプニングは起こらず、私達は遅刻のことなど忘れ、日が暮れるまで思い切り買い物を楽しんだ。

「いや~。しかし買った、買った」

私は両手に持った紙袋を揺らしながら、雪がちらほらと舞う大通りを亜紀と歩いていた。

「何だかオヤジ臭がした気がするわ」

ボソッとそう言う亜紀を横目でしっかりと睨み付け、私が文句を言おうと隣を向いた瞬間、胸にドンッと言う衝撃を受けた。

「痛っ」

思わず尻餅をついた私が前を向くと、私とぶつかった本人であろう、そこには一般的な日本人とは違う顔立ちの銀髪の少女が赤い目で私を見下ろしていた。少女はガムをクチャクチャと音を立てながら噛み続け、私が眼中に無いかのように、その場から何も言わずに立ち去ってしまった。

私は立ち上がると少女が消えて行った方を見た。

「全く、最近の若い子は躾がなってないわね。亜紀もそう思わない?」

私がそう言って亜紀の方を見たとき、亜紀の顔は青く染まっていた。

「遥……その服どうしたの……?」

「えっ?」

私は自分の服を見たが別段変わった所は無い。

「どこかおかしい所ある?」

亜紀は一度目を瞑り、一度深く呼吸すると「ごめん、気のせいみたい」と言いまた歩き始めた。

 「変な亜紀」

そんな亜紀に違和感を感じながらも、私達は駅前に到着し、それから各々家路についた。

 

 私は今日着た上着を、部屋の隅にある洋服掛けに掛け、寝るための準備を済ますと、今日の亜紀の姿を思い出しながら眠りについた。

 

その晩私は夢を見た。

ここは倉庫であろうか、しかしあまりにも広い、サスペンスドラマに出てくる漁港の商品の格納庫というか何と言うか……。

とりあえず話を進めると、そこには亜紀がいた。薄暗い中でもはっきり分かるほど彼女の顔色は悪く、何故かは知らないが酷く怯えているようだった。

「何故私を呼んだの?」

亜紀は暗闇に向かって問いかけた。無論返事などない、そう思っていたが返事が返ってきた。

「貴女は罪を犯しすぎた、だから消えてもらう。ただそれだけよ」

その声はとても若い少女の声だった。その声は感情を見出すことが出来ないほど、とても冷たい印象を受けた。

「私は何もしていない!」

普段の冷静な亜紀とは違い、そのときの亜紀は感情をむき出しにして、悲鳴に近い声で叫んでいた。

「嘘。貴女は罪から逃げているだけ」

その声は何処までも亜紀に冷たく降り注ぐ。

「嘘じゃない!」

亜紀は悲痛の叫びを上げて反論する。

「分からない人ね。なら、思い出させてあげる」


ため息混じりにそう言うと闇の中から声の主であろう少女が姿を現した。その少女は、私が街中でぶつかったあの銀髪の少女であった。彼女は白い服を着ており、相変わらずガムをクチャクチャ噛んでいる。

違うのは、少女が持っているもの、長さが五メートルはありそうな太い鉄柱であった。少女の身長の四倍ほどの長さがあるそれを、少女は片手で持ち上げ、亜紀の真横を叩きつける。

金属音と爆発のような崩壊音が辺りを包み、少女が鉄柱を持ち上げると、叩き付けた場所は深く凹んでいた。


「思い出したかしら?」

相変わらず冷たい口調で亜紀に問いかける。亜紀は気を失う寸前なのか、涙を流しながら、嘘じゃないと弱々しく何度も呟いていた。

「まだ思い出さないのかしら……」

そういって一歩、少女が亜紀に歩み寄った途端に、亜紀は弾かれたように出口に向かって走り出した。生きたいという本能に身を任せ、助けてと叫びながら。

あと一歩で外に出られる所まで来たとき、少女はこういった。

「残念……逃げられないのよ」

その瞬間そこにあったはずの出口は消えた。あたかも初めから存在しなかったかのように。

亜紀は助けてと何度も何度も壁を強く叩き、涙を流していた。

錯乱している亜紀に鉄柱を捨てた少女が迫ると、少女は突然、背後から首に手を回し亜紀に抱きついた。

「ごめんなさい。あと少し、あと少しで私は帰れるの……。だからごめんなさい」

そういうとゴキンという嫌な音が倉庫の中に響き、亜紀の体は力が抜けていた。


「ごめんなさい、そしてありがとう」

少女はそういって横たわる亜紀の額に触れると、亜紀の体が赤く輝きだした。亜紀の体は光と共に、ビー玉サイズの真っ赤な結晶となり、少女の手の中に納まった。

「貴女が他の人みたいに私を殺しにかかってくれれば、躊躇しないで済むのにな……」

少女は今まで噛んでいたガムを飲み込むと、結晶を口にくわえて奥歯でパキンと割った。

ギャアアアアアアアア!!

砕くと同時に絶叫が辺りに響いた。その声は紛れも無い、亜紀の声であった。少女の口からはどす黒い赤が溢れ、口の端からぽたぽたと洋服に垂れていく。

「不味い、不味い、不味い」

彼女は涙を浮かべながらも、バリボリと音をたて結晶を噛み砕いた。一度噛む毎に亜紀の悲鳴は聞こえ続けた。それは結晶がガムのようにクチャクチャ音を立てるようになるまでずっと。


「知ってるかしら、心が汚い人間は不味いって」

少女は、前と変わらない冷たい口調で、誰もいない空間に話しかける。

「あと一つなの……。」

独り言のようにポツリと言葉を零すと、彼女は私の方を向いて言った。

「貴女の命も頂戴?」

彼女の目は、間違いなく私を見ていた。

ゾッとするほど冷たい目に睨まれた私は、ここで目が覚めた。


時間はもうお昼時、ずいぶんと眠っていたようだ。

ベッドから飛び起きた私は、嫌な汗を掻いているのを感じたが、夢だと気づくとホッと胸を撫で下ろした。

しかし、私は見てしまった。

昨晩部屋の隅に掛けた私の上着の胸から下の部分が、どす黒い赤に染まっているのを。

「あれは……夢じゃなかったの?」

私は自分の上着を見て身震いをする事しか出来なかった。

そして夢の言葉を思い出していた。

(『貴女の命も頂戴?』だって?亜紀みたいに?無理無理、私だってまだやりたいことあるし、遣り残したことだって沢山……)

そのときドアを強くノックする音が聞こえた。私は悲鳴を飲み込み、震える足で勇気を出して玄関まで歩いて行った。

「ど……どちらさまですか?」

私はびくびくしながらも玄関の前に居るであろう人に問いかけた。

すると……。

「すいません、○○急便のものです。伝票にサインをお願いします」

若い男の明るい声が聞こえてきた。

「ちょっと待ってください」

ホッとした私は、赤く染まったものではない上着を着ると、サインをするためにドアを開いた。のぞき穴から確認もせず、無用心にも。


ドアを開けた私の目に飛び込んできたのは、男が片手でドアを押さえ、サバイバルナイフのようなものを私に突きつけている姿だった。

「騒いだら殺す」

男はそう言うとドアの鍵を閉め、ズカズカと私の部屋に侵入してきた。私は恐怖した。男に対してではない、その男の目が、狂気が、あの少女と重なって見えたのだ。

「助けて……」

私は思わず涙を流していた。

その男は私が喋った為か、私の頬を力強く叩き、そしてナイフで脅しながら私を押し倒してきた。男の息は荒く、目は血走っていた。


「最後の一人は貴方にするわ」

そんな時一人の少女の声が聞こえた。その瞬間、男は壁際に吹き飛ばされ、私は涙を浮かべた目で私と男の間に立つ、少女を見た。夢の中とは違い、真っ赤な髪、真っ赤な服を着た、ガムを噛んでいる少女を。

「誰だおま「黙れ痴れ者が!」

少女は男にあの冷酷な目を向けていた。しかし、男はそれに気づかず、逆に少女に向かっていった。

「黙るのはテメェのほうだ!」

男はナイフ片手に突っ込んで来るが、少女は全く焦ることなく、左手でナイフを握り潰し、右手で男の顎をアッパーでカウンター気味に打ち抜いた。

一瞬、部屋がグロテスクな物体と共に、血まみれになるのではないかと思ったが、少女はどうやら手加減をしてくれたらしい。その一撃で男は完全に沈黙し、動かなくなった。


私はハッと我に返り涙を拭いた。

「あの……ありが「お礼なら要らない。私は私の為にしたんだから」

(可愛くないやつ……)

「可愛く無くて結構」

(心を読まれた?そんな馬鹿なこと……)

「あぁ!もう五月蝿い!私はこれでも神様よ、不可能なんて無いの」

彼女の台詞を、少し唖然としながら考えていた。

(痛い子?でも、この子の力は本物っぽいし……)

「痛い子じゃない!どうしても分からないって言うなら……」

少女は私の頭を両手で挟むと、万力のような力で押し始めた。

「~~~!!!」

声にならない私の悲鳴が、辺りに響き渡った。


数分後、痛みで喋れない私は、心のなかで何度も謝り、何とか解放された。その後、私達は床に置いてあるテーブルに向かい合うようにして座った。

そして、私は今朝から気になっていたことを口にする。


「何で亜紀を殺したの?」

「彼女の死期が近づいていたから。そして、それなりの罪を背負うべき人間だったから」

彼女は悪びれたような顔をすることなく答えた。

「死期が近づいていた?それに、罪って……亜紀が何をしたって言うの?」私は首を傾げた。

「本当なら彼女は明日、死んでいたはずだから。交通事故でね。あと、彼女の罪に関しては私からは言えない、閻魔大王にでも聞いてみたら?」

友人の死を淡々と述べる少女に、私は少しイライラしてしまう。

「何時死ぬかなんて、そんなの分からないじゃない。未来は変わるのよ?」

少女はフッと笑い、言葉を返す。

「未来は変わらないわよ。もうすでに決まっているんだから」

その言葉を聞き、私は一つの事が気になった。

「なら何でそこの男を殺したの?あの時貴女は私を殺すって言ってたじゃない」

少女は突然黙り込んだ。

「強いて言うなら……。私の目の前にいたからかな」

そう言うと少女は男の額に触れた。するとその男も亜紀と同様に赤い光に包まれ、赤い結晶へと変わっていった。

「さてと、お話はもうおしまい。私は私の世界に帰るわ」

少女は、結晶を片手に立ち上がる。

「それで貴女は帰れるの?」

そう言うと少女は初めて満面の笑みを見せた。

「ええ、やっと帰れるのよ」


少女はガム状になった結晶を飲みこみ、新たに男の結晶を口に入れて噛み砕くと、辺りに男の苦痛の悲鳴が響く。

少女は最後の結晶も「不味い、不味い」と言いながら、結晶の悲鳴が聞こえなくなるまで噛み続けた。

どす黒い赤が、服まで垂れていくのも気にせずに。

そうして最後に結晶を飲み込むと、彼女の体は末端から、光の粒子となり消え始めた。

「さようなら」

そう言い私は消え始めた少女の姿を見て、複雑な感情を持っていた。

私は友人の仇でもあり、命の恩人でもある少女にどのような言葉を言えばいいか全く分からなかったのだ。

でも私はさようならと言われて、このように言いたくなってしまった。

「また、会いましょう。」

「その時はさっきの話、詳しく聞かせてもらうわよ。」という言葉は敢えて言わないでおいた。


彼女の最後の表情は笑顔だった。

私は生きて非現実的な、日常から抜け出した事に安堵した。それと同時に、亜紀の居ない世界に、少し虚無感を抱かずにはいられなかった。

ふと風をあびたくなった。少し古びたベランダに出て見た空は、とても青く、吸い込まれそうなほどだった。


ベキリ


そのとき不穏な物音が聞こえた。


え……?

私は、崩れていくベランダの上で何時までも青い空を見上げていた。


「また会ったわね」

真っ赤な影が私の前をよぎった。

そのとき私は悟る。少女は、神は神でも、不幸を呼ぶ死神だったんだ……と。

「ね?未来は変わらないのよ」

そして、彼女に見つかった者は、死から逃がれられないとも。


青い空が真っ赤に染まった気がした……。



この後、遥は行方不明ではなく、死亡として処理されることになる。

それは、この行方不明事件の終わりを告げると同時に、普段と変わらぬ死の再来の証でもあった。

 

「あなたの命〝も〟頂戴?」

 少女は何時もあなたの隣に立っている。

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