S.S.No.4「みちみちる」
※くじで決定した「妹」と「干潟」と「月食」いう訳の分からないテーマを与えられて数十分で書いた小説。
月が普段の輝きを隠すと、辺りは暗く染まり、夜は更けていく。この静寂の中、家の近くにある、海沿いの道を歩く少年の心もまた、暗く染まっていた。
「早すぎんだろ……ちくしょう……」
彼の着ている服は、彼が普段通っている高校のもの。しかし、今日は日曜日。学校は無論、休みである。
今日、制服を着ているのは、妹の告別式に参加した為であった。
波は、さぁさぁと静かに繰り返し押し寄せ、普段は干潟の様相を見せるそこは、水を湛える。波が大きくなると、水は引き方を忘れたかのように、際限なく陸へと溢れ。水面は、まるで現実を否定しているかのように、歪んだ空を映していた。
「お…い…ゃん」
静寂の中に小さいながらも響く声。子供の頃から聞いていた、今では聞こえるはずのない声。
本来なら幻聴でしかないはずのその声は、振りかえった俺の視線の先、数メートルの所に存在する光から発されていた。
月の光りによく似た優しい光。
それが何故、俺を兄と呼ぶのか、まともな頭だったら到底理解できなかったであろう。いや、理解したとしても信じなかったに違いない。
だが、今日は違った。
俺は、その光が紛れもない妹であると確信していた。理由はない。強いていうなら妹と一緒に過ごしてきた過去が、俺にそう訴えかけてきたからかもしれない。
「どうした」
俺は震える声を押し殺し、いつもと変わらないように妹に問いかける。本当の最期まで、兄として情けない姿を見せたくはなかったから。
「おにいちゃん……元気でね。皆……大好きだよ」
一言だけ言い残して消えて行く光。
「ああ」
俺はただ一言返すだけで精一杯だった。
天に昇った光は、世界を照らし、水を湛えた海にも静かに輝きが溢れていった。
彼女が居なくなった世界。
しかし今でも月は優しく、世界を照らしている。
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