S.S.No.1「夏物語」  私が初めて書いた小説

ゆっくりと水が流れる静かな音が溢れ、暗闇に若草を連想させる優しい光が浮かび上がる。辺りには夏の虫の音と癒しを求めて集まってきた者たちの感嘆の声や、光を捕まえようとする若人の楽しそうな声が静寂を壊すかのように響き、暗闇の中では輝き尽くした光が冷たい川へと沈んでいった。

「さびしいな・・・。」

この場に似つかわしくない一人の人間の言葉に込められた感情は悲しみ。その人間は何か違うものを見ているようだった。


そのとき、光がその人間の顔目掛け飛んできた。反射的に目をとじると光は避けていったのか今や他の光に紛れてしまっている。

目を開いたその人間は少し胸をなでおろすが、少し寂しそうな顔をしてその光を目で追った。


僕の記憶に残る日々は遠く、大半が色あせてしまったが一つだけ先程起こったかのように鮮明に覚えていることがある。

ずっと昔、今ぐらいの季節この場所で君が初めて光になった時だ。あの日の君は幸せそうだった。


僕らが出会ったのは随分昔の事、出会いもまたこの場所だ。

今思うと僕はなかなかこの場所と縁が深いのかもしれない。

「君は蛍になったのか?」

その言葉は届かないと知りながらも小さく、しかしはっきりと呟いた。

ふと自分の中で何かが弾けた


目をつぶると遠い過去が僕の中に溢れて行く


君が居て・・・僕が居て・・・


僕は幸せだったよ・・・君は幸せだったのかな・・・?


今じゃもう分からないけど・・・


僕の大切な人でいてくれてありがとう・・・


そんな彼はもういない、そこにあるのは彼の光。

彼がいた場所には二つの光が寄り添うように優しい光を放っていた。

しかし、光が生まれるとすぐに一つの光が輝きを失った。


「悲しいね・・・。」

その場に似つかわしくない一人の人間の言葉に込められた感情は喜び。

「君は蛍になったんだね。」

彼の居た場所にある光を眺めて嬉しそうに笑う。


君に逢えて良かったよ


だって笑って生きられた


私に素直に


君に素直に


自分らしく生きられた


出逢ってくれてありがとう


君でいてくれてありがとう・・・。


あれから一年・・・。

今年も川辺には賑やかな声が溢れ、淡い光が浮かんでいる。

「今度は私が行くからね。」


光に生まれ変わった彼らは再会を夢見て眠っていった。

そして、彼らは生まれ変わった。

「「苦しいね・・・。」」

ようやく逢えた二つの光、そこにあるのは汚れた心に侵された場所。

昔の面影をなくした汚れた川だった。

二人の苦悶の声は誰にも届かない・・・。

永き時を越えた場所で最後の光が今消え行く・・・。


人の世は変わって行き、人の心も変わっていく

光の意義も変わってしまった。

人は自然を愛さず、川も昔の姿を消した・・・。


あなたは覚えていますか?

遠い昔の日々を、自然と自分が共にあった日々を。

あなたは気付いていますか?

あなたが無くした大切だったものを。


あなたは忘れてくれますか?

あなたと共にいた幸せな日々を

あなたは泣いてくれますか?

私は消えてしまうから・・・。



夏は不思議な季節、儚い光が溢れる季節。

出会いと別れが繰り返されるこの世で数年に一度の再開。

織姫と彦星とは違い、限りある再開。

光になれても輝けるかはわからない。

そして、出会えるのかも・・・。


光を眺めて君を待とう


さだめの輪廻を乗り越えて


君の好きな光を信じ


僕と君との出会いの場所で


私とあなたの別れの場所で


また輪廻の波に抗おう


君とあなたに逢える日まで


共に生きれる日々を夢見て・・・。



この物語はここで終わり

次の転生まで暫しの休息を・・・。



水辺で繋がる物語・・・夏物語  終

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