怖い話「蛍」

 いまからお話するのは、みなさんには関係のない話。

 絶対に経験することの無い話。


 蛍、という虫は死者の魂が形になったものという言い伝えがあります。

 みなさんは「ほたるこい」という歌を知っていますか?

 ~~~という歌ですね。

 私も蛍をみると、つい歌いたくなってしまうんですよ。

 失礼、脇道に逸れましたね。話に戻りましょうか。



 心臓病で入院していた祖母の体調が急に悪化したのは、お盆前のこと。

 元々弱り切っていた祖母でしたが、お盆が近づいてからというもの、うわ言のように「おじいちゃんがお迎えに来た」「おじいちゃんに会いたい」とつぶやくようになり…。

 私たちの親族の声掛けも空しく、その言葉から、数日後、息を引き取りました。


 「本当におじいちゃんが迎えに来てくれたのかもね」

 「おばあちゃん、おじいちゃんのこと大好きだったから」

 「きっと、あっちでも仲良くしていると思うよ」

 通夜、そして葬式を終え、ようやく落ち着いて家族で話をすることができた頃。

 仏壇に、祖父と祖母の笑顔の写真が仲良く並ぶ姿をみて、家族でそんな話をしていました。


 お盆も終わり。

 今日は地域の灯籠流しがある日。

 死者の魂が無事に冥府に帰れるようにと願う日。

 そして、我が家の場合は、祖母と祖父が一緒に帰れますようにと願いを込める日。


 夕暮れの中、川下へと流れて行く灯籠。

 私たちは手を合わせ、その灯籠の行く末を祈りました。


 灯籠流しを終え、家に帰る頃。

 そのころには日が沈み、虫たちのコロコロという音が響き始めていました。


母「コオロギか、懐かしい。昔飼っていたよね」

私「そうだね。世話はもっぱら母さんがしていた気がするけど」

母「そりゃあんたが世話をしないからでしょうが」

 そんなたわいもない話をしながら、私は母と一緒に帰っていました。

 すると、母が

母「あ、お茶を用意するの忘れてた。冷たいお茶が飲みたいなら、コンビニで買ってきてくれない?」

 と言いました。

「母さんが飲みたいだけじゃないの?いいよ、行ってくる」

 私はそうして、母と別れ、一人コンビニに向かいました。

 コンビニで二リットルのお茶を買って、一人、家に向かって帰っていると、歌が聞こえてきました。


「ほ、ほ、ほーたるこい、あっちの水は苦いぞ。ほ、ほ、ほーたるこい、こっちの水は甘いぞ」

 その透き通った声は静かに響き、水が清らかに流れているかのようでした。


 その声のする方を見てみれば、川辺に立ち、楽しそうに歌う子ども。

 そして、その周りには何匹かの蛍の姿が。


 時期外れの蛍とは、珍しいこともあるものだと、私はそれ以上特に気にすることなく、結露したビニール袋が脚に当たる感覚に、お茶が温くなる前にと急いで家に帰りました。


「ただいま」

 家に帰りつくと、母さんの泣きわめく声が聞こえてきます。


「おばあちゃんが、おばあちゃんが」


 何が起きたのか、分からず、仏壇へと向かうと、そこにあったのは顔が苦痛に、悲惨に歪んだ祖母の遺影。


 どうしてでしょう。

 祖母は祖父と一緒に帰ったのではなかったのでしょうか。


 どうしてでしょう、蛍のことを思い出すのは。

 どうしてでしょう、季節外れの蛍が、子どもの周りに集まっていたのは…。

 どうしてでしょう、歌っていた子どもの顔を思い出そうとすると寒気がしてくるのは。


 蛍、という虫は死者の魂が形になったものという言い伝えがあります。

 みなさんは「ほたるこい」という歌を知っていますか?

 私も蛍をみると、つい歌いたくなってしまうんですよ。

 「ほ、ほ、ほーたるこい、こっちの水は甘いぞ」

 あのとき…、私が歌っていれば、蛍はこっちに来れたのでしょうか。

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