第2話 理想家

 義雄は、電機メーカーでエンジニアをしている高校時代の友、山崎聡志を飲みに誘った。


「まだ、彼女と結婚しないのか」


「プロポーズをなかなか受けてくれないんだ」


「なんだよ、世の中、不公平だよな。俺なんかイケメンじゃないし、金持ちの家に生まれてないし、もてないよ」


「頭はいいだろうし、聡志が選び過ぎじゃないの」


「まあ、それはあるか。でも考えてみると、本当に不公平を感じる」


「なに、真剣な事言っているんだ」


「いや、俺は何とかなると思うが、両親が老後を心配している。寿命が長くなったことが、心配につながるとは考えもしなかったよ。食糧事情が良くなり、医療も進歩して100歳までの寿命をどう生きるかを考えなければならなくなっている。健康に生きなければ、大変な時代だよ。医者の義雄も、弁護士の彼女も、そんな問題を見聞きして相談されているんじゃないの」


「そうか、美幸は日々そんな問題を扱っているのか。そんな中で、結婚生活を不安視しているのかな」


「俺、考えているんだ。サウジアラビアって、教育費も医療費も無料だよな。そして、所得税も住民税も無税だ。でも、2018年から消費税にあたる付加価値税が導入され、2020年7月からは5パーセントが15パーセントと3倍になったようだ」


「サウジはレンティア国家だろ。石油の収入によって、国民に教育や住宅、医療など無償で提供するのと引き換えに、国民が支配者である国王に絶対的な忠誠を誓うんだ。サウジ国民の3分の2が公務員のようなものだからね」


「それって、国家の収入だろう。サウジのGDPいくらか知っているか」


「知らない」


「世界経済のネタ帳によると、サウジのGDPは2022年で約11,000億ドル、一人当たり名目GDP約34,400ドル。日本はというと、GDPが約42,000億ドル、一人当たり名目GDP約33,800ドルだよ。日本だって出来ると思わないか」


「企業はどうするんだ。社会主義国にでもしないと出来ないだろう。それとも、ベーシックインカムか。世界の実験段階で、月々は7万から10万円だろう。サウジは約人口3,200万人、日本は約1億2,500万人というところだろう。

これは、社会主義と違い一律支給の他に働くんだよね。それだけにゆとりが得られるというのだけど、その資金だよ」


「だからGDPだよ。ノルウェー・アイスランド・デンマーク・スウェーデンやフィンランドなどの北欧型福祉国家と言われるところは、一人当たり名目GDPが約50,000から100,000ドルだ。

 でも、日本と違うのは人口だよ。約1,000万人から500万人と少ない。アイスランドは約38万人だ。日本は多過ぎる。少子化などというが、年金のため子供を増やしたっていずれは年金受給者になるんだ。こんな、ねずみ講方式を使おうなんてナンセンスだ」


「聡志、北欧型と言ったが、社会民主主義型とも言うよな。やはり、社会主義的なのは日本にはなじまないよ。消費税を10パーセントにするにも反対があったし、北欧の25パーセントはきつい」


「北欧型福祉国家よりはサウジアラビアのような。考え方によってはベーシックインカムだ。ベーシックインカムが出来なければ、所得税の累進課税と法人税の増税しかないだろう。国連を巻き込んで、税金逃れで、タックスヘイブンの国へ逃げるのを取り締まるんだよ。でもそうするうちに、資金も出来て、ベーシックインカムが実行できると思うけど」


「聡志って、理想家だな。サウジのように王族に雇われているからとか、法人や富豪に雇われているからといって、国民が税制に無関心っていうのもおかしなもんだ」


「俺、本気で考えているよ。真剣に考えると、世界経済はおかしいよ。でも、福祉国家は実際にあるんだ。自由経済主義や社会主義の反省から生まれたと思う。偉いなと感心するよ。それなのになんで、世界の1パーセントの富裕層の持つ資産の合計が、それ以外の99パーセントの資産の合計を超えるなんて。つまり不公平税制を変えて、再分配しないといけないと思う。


 今のベーシックインカムの考えは、金持ちが国民から消費税を多く取って、分配するという不公平税制を逃れようとしているだけだよ。


 ウィキペディアで調べたら、ベーシックインカムを最初に考えた人は、トマス・ペインというイングランドの思想家で、1796年に著書『土地分配の正義』で提唱されたとされている。それは、21歳時に15ポンドを成人として生きていく元手として国から給付され、50歳以降の人々に対しては年金として年10ポンドを給付するという案で、財源は土地を持つ人間に地代として相続税を課すというものらしい。


 また、トマス・スペンスというイングランドの哲学者で、1797年に著書『幼児の権利』で提唱されたのは、地域共同体ごとに、地代つまり税金を集め、公務員の給料などの必要経費を差し引いた後の余剰を年4回老若男女に平等に分配するというものらしい」


「それは、財源として今なら法人税と所得税そして消費税だよ。でも、昔のような地主からではなく一般庶民から安易な消費税で取ろうとしているところに問題があるよ。やはり、以前のように企業と富裕層に税金を多くかけ、また金融商品に高い税金をかけなければ、ベーシックインカムは出来ないと思うよ」


「義雄も賛成してくれるか」


「賛成するよ。なんて、簡単に決まれば、世界から格差なんてなくなるよな」


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