地球が壊れていく

本条想子

第1話 結婚生活の不安

 香山義雄は吉川美幸と交際を始めて、かれこれ8年になる。義雄は何度となく美幸にプロポーズするが、煮え切らない答えしか返ってこない。義雄はいろいろ考えを巡らすが、美幸の真意をつかみ兼ねている。義雄が美幸を意識したのは、高校3年で同じクラスになった時だった。しかし、義雄は魅力的で頭の良い美幸に声を掛けることができないでいた。それは、美幸も同じだった。義雄の家は都内で産婦人科医院を開業している。美幸の家は、一般サラリーマン家庭だ。


 そんな二人が親しくなったのは、同じ国立大学に入学してからだった。義雄は医学部に、美幸は法学部にストレートで合格した。これが良いきっかけとなって、義雄から美幸に声を掛けた。それから二人は交際を続け、気心の知れた間柄となっていたはずだった。

 義雄は来年春に研修医を終えて、大学病院に残る希望だった。美幸は既に弁護士として社会へ出ていた。義雄は自分が一人前になるのを契機に美幸に再度プロポーズするつもりでいた。



 義雄は忙しい美幸を食事に呼び出した。


「美幸は、いつも忙しそうだね」


「義雄もいよいよ、お医者様ね。香山産婦人科医院の若先生」


「まだまだ、大学病院に残って、経験を積まなければならないけどね。美幸は、吉川法律事務所でも開くか。いや、香山法律事務所にするか」

義雄は、プロポーズの意味を込めて言ってみた。


「私も、まだまだ経験しなければ駄目よ」

美幸は、プロポーズの引き延ばしの意味を込めて言った。


「美幸、俺とのこと本気で考えてくれないか。もし、美幸が結婚に二の足を踏んでいるとしたら、その理由をはっきり聞かせてほしい」

食い下がる義雄だった。


「私は、義雄が大好きよ。そして、結婚するのなら義雄以外には考えられないわ。でもまだ、私の心が決まらないの」

美幸は、そう言って下を向いた。


「美幸は俺のどんなところが心配なの」


「義雄が、どうのこうのという事ではないの」


「それじゃ、俺の家族の事か」


「そんな事じゃないわ」


「ではなに、はっきり言ってくれなければ解決の方法がないじゃないか。美幸は、結婚の話になると弁護士らしくないね」

要領を得ない美幸に苛立たしかった。


「ごめんなさい。もう少し考えさせて。今度、気持ちの整理がついたら、私の方から連絡するわ。それまで、待って」

と、美幸は真剣な目をして言った。


「待っているよ。もし、解決法があるなら二人で話し合おう。今日はこの話はやめよう」

義雄は、気を取り直した。


 二人はいつも紳士と淑女であった。二人の仲は傍から見ると不思議だったかもしれない。もう二人は26歳で、社会が考える20から30歳という結婚適齢期はきていた。しかし、今や結婚適齢期が危うくなっている。30代でも40代でも結婚していないからだ。



 義雄が家に帰ると、母が泣きの涙で沈んでいた。


「おかえりなさい」


「おふくろ、またおやじの浮気が発覚したの」


「あなたは、奥さんになる女性をいたわってね」


「なぜ、おやじと別れなかったの。浮気は今に始まった事じゃないでしょう」


「別れられるはずがないでしょう。この世の中は、女性が子供を二人かかえて生きて行けるほど甘くはないわ。あなた達のために我慢して、泣くしかないのよ」


「そうかな。おやじから慰謝料をふんだくれば結構、気楽な人生を送れるさ。今からでも遅くない。おやじが改心しなければ、離婚してもいいよ。力になるよ。彼女、弁護士だし」


「義雄さん、結婚したい人が現れたのね」

嬉しそうに母は言った。


「吉川美幸というんだ。俺たちは大学1年の時からだから、8年間も付き合って気心も知れているはずなのに。彼女の揺れ動く女心がどうしてもつかみきれないで、プロポーズが上手くいかない」

と、母に打ち明ける義雄だった。


「そうだったの。義雄さんはやさしいから、分かってもらえると思うわ。でも、離婚の話を美幸さんに話すとかえって上手くいかないわ。お父さんの事はお母さんが何とかするから美幸さんに言わないで」


「そうか。でも、おやじには俺からきつく言っておくよ。これからの人生長いし、このままじゃいけないからな」


「そんな立派な職業を持ってまで、結婚で苦労するような選択をするかしら」


「ええっ、おふくろ、結婚ってそんなに大変なの」


「心配なのよ。専業主婦で義雄さんのようにやさしい夫ならこんな幸せはないけど、弁護士をして、家事や育児を一人でなんてできないと思うの。まさか、義雄さん、手伝うわけがないでしょう。お互い不満が積もり積もって、爆発してしまうわ」


「いや、手伝うよ。いや、分担するよ。できない事は家事代行に頼むよ」


「一緒に住めばいいのに。お母さんが手伝えるのに。それを言うとまた結婚に二の足を踏むわね。やはり、難しい問題があるのね」


「そういう問題なのかな。一緒に住みたいけど、変な話、現代は昔のようにはいかないと思う。この世界が変わって来ているね。寿命にしても、考え方にしても。医学の進歩や高学歴で世界が変わったのかな」

義雄は弁護士になった美幸の思考回路が巡らす複雑さに気付いた。


「女性の中には、仕事の絶頂期でも惜しげもなく捨てて、専業主婦になるのよね。そこには、夢や憧れがあるのよ。でも、現代は共働きをしなければ、生活が成り立たない現実がある。そんないろんな事を日々見ている弁護士さんが、どんな選択をするのか、お母さんにもわからないわ」


「おふくろは専業主婦に成れる人がいいと思っているんだ」


「うちは、男の子ふたりに家事を手伝わせなかったわ。でも、よそでは、女の子までも家事を手伝わせないでお嬢様にさせられているでしょう。また、男性と同じ教育を受けて来ている女性の方も悩むと思うわ」

母の澄子は悲観的に言った。

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