最終話 木槿

 付き合ってからも私たちは毎朝同じ電車に乗って一緒に通学している。

 

 ハンカチで汗を拭く佐野君。いまだに、そんなさりげない仕草にドキドキしてしまう。

 

 学校の最寄り駅に着き、改札を抜ける。

 すると佐野君の肩のあたりをトントンと後ろからたたく人がいて、私たちは振り向いた。

「落としたよ」

 そう言って、仕事服(オフィスカジュアルってやつ?)の女の人が佐野君にハンカチを渡した。

 

 ……ちょっと! 佐野君のハンカチ触らないでよ!!

 

「あっ、すみません。ありがとうございます!」と頭を下げて佐野君がハンカチを受け取ると、その人はニコッと微笑み、私たちの学校とは反対方向に歩いていく。

 うわ……。かわいい……。

 佐野君は何事もなくハンカチをズボンのポケットにしまう。


「昨日、同じクラスのあおやぎって奴がさ……」

「……」

 あの女の人、毎朝同じ駅で降りてたのかな。また、会ってしまうのでは……。

「霧島、どうかした?」

「えっ。何でもない!」

 いけない。佐野君の話、ちゃんと聞かなきゃ。

 

 嫉妬かな……。知らない年上の女の人に。

 佐野君は内心ときめいていなかっただろうか?

 なんて、そんな心配してるなんて知られたら恥ずかしいというか悔しいというか……。顔には出さないようにしなくちゃ。


「この花、大きいね。帰る時にはしぼんでるけど。なんていう花だろう?」

 気を取り直して、通り道にある一軒家の生垣に大きく咲いている白い花を指さす。

 前から気づいてはいたけれど、佐野君は花には興味なさそうだったから話題に出していなかった。


「俺はわからない」

「だろうね」


 佐野君との会話も少しずつ慣れてきた。軽口もたたけるようになり、楽しい。

 

 ――それにしても高校生のうちに彼氏ができるなんて。

 

 学校に着き、私は六組へ、佐野君は七組の教室へ入っていく。来年は同じクラスになれたらいいな。


 先生が教室に入ってきて、朝のホームルームが始まった。

 椎名君の席が空いている。今まで遅刻したところは見たことがないから、風邪でも引いたのかな?

 それにしても、なんだか担任のたに先生の顔が暗い。


「今日は皆さんに残念なお知らせがあります。……このクラスの椎名冬李君が退学しました」


 …………!!

 教室内がざわざわする。クラスの誰も知らなかったのだろうか。

 寿里のほうを見る。一番後ろの席からは後ろ姿しか見えなくて、彼女がどんな表情をしているかわからない。

 

 佐野君は……知ってたの? ここ最近も変わった様子はなかったけど。


 一時間目終了後の十分休みに佐野君と廊下で話した。

「知ってた? 椎名君が学校辞めたって。朝、先生から聞いてびっくりしちゃった」

「え……。知ってた……よ」

 私には教えてくれなかったんだ……。佐野君も知っていてなんで何も言わないの?

「椎名君、大丈夫なの? 家庭の事情? 病気じゃないよね!?」

「そういうのじゃないよ。そういえばさ、わかったよ。朝の花の名前」

 佐野君は無邪気にスマホの画面を見せてくる。

「どうでもいいから!」

 イライラして思わず強めの声を出してしまった。佐野君から顔を背け、教室に戻る。

 

 席に着き、わいわいとしているクラスメイトたちを眺めてため息をついた。


 ――椎名君がいない教室なんて。



槿くげ落つ謝ることのできぬまま*



(『ハルノツキ、ナツノカゲ』完)


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