第19話 ハンカチ

「英語の教科書忘れちゃって。とうに借りようと思って」

 

 チャイムが鳴りそうな時間なのに佐野君は穏やかに言う。

 さっと鞄の中から英語の教科書が出せたので立ち上がり、「私のでよかったら」と言って佐野君に渡す。

「えっ、いいの? ごめん、ありがとう」


 椎名君がやってきて「あれ? 俺、用なし?」と笑う。

「霧島さんに借りた。ありがとね!」

 佐野君は私の目を見て、片手で持った教科書を少し上げ、隣の教室に戻って行った。

 

 爽やかー……。


 一時間目の数学の授業中、さっきのやり取りを思い返していた。

 

 佐野君も椎名君と仲良いだけあって感じがいい。

 背が高くて物静かそうな雰囲気から大人っぽく見える。だけど教科書を忘れるだらしない人という印象もある。

 佐野君は夏休み明けからピアスをしている。映画を見に行った日以降に開けたのだろう。


 一時間目終わったら、教科書返しに来てくれるんだよね。また会える……。

 

 授業が終わるのを待ち遠しく感じる。それはいつものことだが、これは意味合いが違う。

 

 授業が終わり、すぐに佐野君が来た。

「霧島さん、ありがとう。助かった! 字きれいだね」

 教科書に書き込んだ字なんてほとんど殴り書きなのに褒められてしまった。

「そんなことないよ」と言って教科書を受け取る。

 また忘れたら借りに来て、と言おうと思ったけどやめた。調子に乗ってるみたいだから。


「佐野、柚衣に奢りなよ!」

 寿里が茶化してきた。

「ハイハイ」と佐野君はあしらい、「じゃあね」と私に目を向ける。

 それにしても、寿里も私たちをくっつけようとしてるな。椎名君とグルか……。

 

 ――翌朝、迷ったが昨日と同じいつもより一本遅い電車に乗ろうと思い、だらだらと歩く。


 昨日と同じ場所で電車を待つ。ドキドキしている。


 昨日と同じようにK駅でリュックを前に抱え、ハンカチを握っている佐野君が乗り込んできた。

 そのタオルハンカチで首の後ろの汗を押さえている。この位置からも佐野君のワイシャツの背中が汗で濡れているのがわかる。

 ……見てしまう。気づかれないように時々目をそらしながら。

 

 電車を降り、学校までの道のりも佐野君の後ろ姿を見ながら歩いていた。

 すると佐野君が急に駆け出すので、私もつい早歩きになる。

 友達が前を歩いてたようだ。七組の男子だろうか。何かを話し、佐野君がその子の方を向き、笑う。

 笑ってるー……。佐野君の笑顔は何度も見ている。でも距離を置いて改めて見ると尊いというか。


 なんか幸せ……。



*不真面目な男ハンカチ握りしめ*

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