第18話 蝉時雨

 暑いー……。


 九月だというのに猛暑日が続いていて、蝉が鳴いている。

 スーツを着た年配の男性が扇子を仰いでいる。三十代くらいの女性は日傘をさしている。

 朝の通学路は暑い、暑い、と街行く大人の心の声が聞こえてくるようで、それがなぜだが悲しいことのように感じた。

 

 いつもより家を出たのが少し遅くなったのにのんびり歩いていたせいか、いつもの時間の電車を逃してしまった。一本遅い電車でも余裕で間に合うからいいのだけど。

 

 電車に乗り、ドア付近に立つ。この時間は一本前の電車に比べて少し混むのだ。だから避けていた。

 

 アナウンスがK駅を告げる。

 佐野君の最寄駅か、とふと反対側の一つ隣の開いたドアのほうへ目を向けると、リュックを前に抱えた佐野君が乗り込んでいる。

 ……佐野君、この時間に乗ってたんだ。この路線に乗っていたことは知ってたけど、朝に見かけたことはなかった。

 

 佐野君は立ったまま下を向いてスマホを見ているので、私に気づくことはなさそうだ。

 電車を降りた後も話しかけることなく、私は距離を空けて、でも見失わないように佐野君の後ろを歩く。尾行してるみたいだ。

 

 夏休みに一緒に遊んだ仲なのだから、話しかけて一緒に歩いてもいい気はするのだけど、それはいいかな、と思ってしまう。私が好きなのは椎名君だし。


 二学期が始まって一週間。

 私の中で大きな成長があった。私から椎名君に話しかけたのだ。

「あの映画面白かったから、小説版買っちゃった」

「一月からのドラマ、『黒幕は誰だ』の続編が始まるらしいよ」

 椎名君はそれらに「えっ、マジでー!」と愛想良く答えてくれる。

 周りの女子たちに見られている気がするけど、気にしない! 気に、しない……。

 

 寿里が会話に入ってくることもあったけど、正直ありがたい。二人だとやっぱりまだ緊張するし、会話が途切れるのが怖いから。

 

 一時間目が始まろうとする頃、後ろのドアが開き、「とうっ」と呼ぶ声がする。そちらを向くと佐野君がいる。目が合った。


「あ、霧島さん、おはよう」

「おはよう」


 朝の電車で、心の中ではあいさつしたけど。



*蝉時雨こころの声を騒がしく*



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