第13話 扇子

 椎名君に彼女がいるのことを知らなかったのは私だけ?


 底辺女子まではその情報届いてこなかったわ……。梨花も知らないはずだけど。

 いや、実は知ってた? 椎名君に彼女がいるのを知らずに浮かれている私を見ていられなくなって、今回来なかったとか?

 頭が混乱しているが、気を取り直して寿里に尋ねる。


「寿里はそれでも椎名君が好きなんでしょ?」

「え、気づいてた?」

「……クラスで知らない人いないと思うよ」

 それにしても、どれだけ私のこと鈍感だと思っているのだろう。

「彼女がいても、もっと仲良くなれたらいいかなって思って。それに椎名、中学の時から彼女いたみたいだけど長続きしないで、すぐ別れてたらしいし」

 はぁ、いずれ順番が回ってくると。寿里は健気なんだか、野心家なんだか。


 すると、隣に立っている会社員風のおじさんがせんを取り出し、仰ぎだした。私の頬にまで風が当たる。冷房で十分涼しいと思うけど。

 

 ……なんだか、疲れた社会人に囲まれてこんな話をしているのは、申し訳ないというか能天気というか場違いな感じがしてきた。


「話変わるけど、柚衣、化粧してるね」

 え、今さら? ちゃんとメイクをしている寿里に言われて、なんだか恥ずかしい。

「化粧ってほどでは……」

「いいなぁ、柚衣は肌きれいで。化粧する必要ないもんね」

「え? そう?」

 褒めてるの?

「うん。私なんかすぐニキビできる。ストレス溜まるとお菓子とか一気に食べちゃうんだよね。化粧で隠してたら治り遅くて悪循環なんだけど。あっ、それに太った」

 

 ストレス? 寿里が? 言われてみれば、入学の頃は痩せてたのに、今は中学の頃の体型に戻りつつあるような。でも、いたって標準体型だ。気にするほどではない。

 

 寿里の最寄駅到着を告げるアナウンスが響き、ドアが開く。

「じゃあね、柚衣」と寿里が手を振って降りて行き、私は手を振って「気をつけてね」と見送る。なつかしいな、この感じ。


 ドアが閉まる音で目の前で寝ていた女の人がビクッと目を覚まし、後ろを振り向いて駅名を確認する。安心した女の人は再び目を閉じた。

 

 ……私だってめちゃくちゃ楽しかった。大人数(私にとっては)で男子も一緒に遊びに行くなんて。

 でも私は遊び慣れていない。たくさん話して、知らなかったことを知って疲れてしまった。


 今夜はすぐに眠れそう。



*若者の恋など興味ないせん

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