第10話 夏の夕

 映画を観終わり、ビルの外に出た。あたたかい風が吹いている。

 少しフラフラ歩いてから夕飯を食べようということになった。


「メシさ、俺のバイト先の定食屋でいい? 社割使えるし」

 えっ、椎名君のバイト先に行けるなんて!

 もちろん誰も異議はなく、十七時過ぎた頃にその定食屋さんに向かう。

 

 この時間はまだお客さんが少ないようだ。

 四人掛けのテーブルに着き、お冷やとお絞りを持ってきた大学生風の男性店員に椎名君は「うっす」と声をかける。

「椎名は接客じゃなくて調理なんだよね」

 寿里が尋ねる。寿里も初めてここに来たようだ。

「うん。人員不足のときは注文取ったり、料理持っていったりすることもあるけど」

「いらっしゃいませ」とか「お待たせしました」とか言う椎名君を想像し、大人だなぁと思う。同じ高二でどうしてこうも違うのだろう。

 

 メニューを見ながら、佐野君は「久しぶりだな~」と言っているから、来たことはあるようだ。

 

 料理が運ばれてくる。

「お待たせいたしました。唐揚げ定食のお客様……」と言う同い年くらいの女性店員を見て椎名君が「あれっ」と声を出す。


「今日、シフト入ってたっけ?」

「深沢さんから風邪引いたから変わってほしいって朝LINE来て。そしたら冬李が来てるって聞いたからさ」

 仲良さそう。彼女? とは限らないよね。


 四人の料理を運び終えて、その子は「ゆっくりしていってね」と私たちに笑いかけ、厨房に戻っていく。


「椎名、きれいな彼女見せたかったんだね」

 寿里が椎名君をからかうように言う。

「違うって! 言ってただろ。急に入ることになったって」

 いつもマイペースで肩の力が抜けているような椎名君がめずらしく慌てている。彼女であることは否定しない。

 

 そっか……彼女。そりゃあそうか。いないほうがおかしいよね。落胆を顔には出さないようにみんなに合わせて笑う。

 寿里は冗談で「彼女」と言ったのが当たってしまい、必死に平静を装っているようだ。

 

 四人とも食事を終えた後、椎名君の彼女が食器を下げにくる。


「みんなコーヒー飲める? 店長がサービスしてくれるって」

「マジ!? ここのコーヒーうまいから俺の奢りでみんなに飲んでほしいと思ってたんだよ」

 椎名君が前のめりに言うと「お前の奢りって、ホントに思ってた?」と佐野君が茶化す。

「サービスって聞いたあとなら、なんとでも言えるよね」と寿里も笑う。

「ホントだって!」

 私たちがわいわいとしているところを椎名君の彼女は口を挟まず、ニコニコと見ている。おとなしそうでいい子だな。

 

 椎名君のイメージとは合わないけど……。



*夏の夕気になる人のバイト先*

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る