第31話 魔法の輝き
世界樹には、その内側と外側を結ぶ穴がいくつも存在する。その大きさは様々で、穴によっては人が通ることすら難しく、穴によっては竜すら簡単に通ることができる。
私たちは世界樹に存在する、数多くの穴のひとつを通っていた。蜂竜は穴の前に置いてきた。どうやっても、蜂竜が通れるような大きさの穴ではなかったし、留守番をさせても大丈夫だとヴァルが言うので、彼を信じて進むことにした。
決して広いとは言えない、薄暗い穴の中でヴァルの背を追う。いくらか進んだところで彼が言った。
「もうすぐ外に出るぞ。風に飛ばされないよう注意しろ」
「分かったわ」
ヴァルが先に外へ出て、私も後から外へ出た。日の光は無い。代わりに、月の光が私とヴァルを照らした。月の光は充分以上で、お互いの顔をはっきりと認識することができた。
外にも世界樹の枝葉が伸びていて、足場は充分に存在する。
ヴァルが呟く。
「外の世界は、ずいぶんと久しぶりだ」
一瞬、私の脳裏に何か違和感がよぎった。確か、ヴァルは……ん、思い出せそうなのだが、その違和感の正体を知っているはずなのだが、ど忘れしてしまったのか、よく思い出すことができない。
ヴァルが振り返って私の顔を見た。
「エルシー。何か考え事をしているか?」
「ん……まあ、ちょっとね」
思い出そうとしてみたが、すぐ頭に浮かんでこないということは大した問題ではないのだろう。今は、この疑問はわきに置いておこう。
ヴァルがどこかを指さして言う。
「見てみろよ。あれは都市の光か? なんにせよ凄いものだ」
私はヴァルが指さす方を見た。それは夜の世界の中で、ひときわ目立っていた。遠くの地上にたくさんの光がある。遠い地上に集まる光の強さは、天に輝く星々の輝きにだって負けてはいない。
ヴァルは遠くの光を眺めながら嬉しそうに笑っていた。
「あの光の方向にはかつて首都エルアルマニアがあったはずだが、あの都市はあそこまでの輝きを持つようになったか」
そう言う彼は今、どのような感情なのだろうか。その表情を見る限り、決して悪い感情を持っているわけではないと分かる。ならば、感動しているのだろうか。
彼は、ゆっくりと胸の中につかえていたものを吐き出すように、言葉を発する。
「このような光景が見られるのなら、世界から魔法が失われても、科学が魔法の立ち位置に成り代わっても良いのかもしれない。あの都市の光は、あそこまでの輝きではなかった。世界は、悪い方向には進んでいない。そう思う」
「ヴァル……」
「魔法はもう、人々には必要とされないものなんだな……」
ヴァルは寂しそうに肩を落とした。そんな彼に、私は言う。
「ねえ、ヴァル。あなたに見てもらいたいものがあるの」
「……なに?」
不思議そうに訪ねてきたヴァルに対し、私の手の平を見せながら言う。
「見て!」
「何を?」
「手の平を、よ!」
今こそ、彼のために見せなければならない。私の魔法を。
私は自らの手に集中する。そこから魔法を生み出すイメージを強く……強く!
ヴァルはこの世界の変化を良しとした。だが、同時に彼は悲しんでいる。自らが必要とされない世界に、深く悲しんでいる。だから、私は励ましてやりたい。私の魔法によって。
私たちは、その小さな手の平を見ている。そこから何が起こるのか、ヴァルは知らない。そんな彼に、魔法を見せてやってくれ。私の中の力よ!
変化は……静かに起こった。私の手の中から、弱弱しい光が生まれていく。それは手の平の上でゆっくりと、だが確かに形を作っていく。
その輝きは、あまりにも弱弱しいものだった。遠くに見える都市の輝きと比べたなら、どうしても頼りなく見えてしまう。それでも、その魔法は確かに存在する。その輝きは確かに存在する。それを、私とヴァルは見た。
ヴァルは驚き、言葉が出てこないという様子だった。だけど、彼が私の魔法を見て嬉しそうに表情を緩めるのが分かった。彼は青白く光る魔法の弾丸を見つめていたが、やがて私の顔を見る。
「エルシー。お前は……魔法を使えたのか!?」
「虫の男と戦っていた時にね……いや、正確にはあいつが操っていた魔蜂と戦っていた時にだけど、その時の私は必死で、気が付いた時には魔法の弾丸を生み出せるようになっていたのよ」
私はヴァルの顔を見て、それから魔法の弾丸を見た。
「私は魔法を使えるようになった。だからね。ヴァル」
そうして私はヴァルに伝えるべきことを伝える。
「これからの私には魔法の先生が必要なのよ。あなたの魔法と、その知識が必要なの。他でもない私のためにね」
返事はすぐには返ってこない。ヴァルは私になんと言うべきか迷っているようだ。迷う彼に、私はもう一度頼む。
「ヴァル。あなたを必要としている人は、まだこの世界に居るわ。だから、お願い」
しばらく黙っていたヴァルだったが、やがて頷いた。その時の彼は嬉しそうであり、照れくさそうでもあった。
「俺はかつて魔法の女神に拒絶され、呪いをかけられた。そんな俺でも良いのなら……俺はお前に魔法を教える。こちらからも、よろしく頼む」
「ええ、よろしくお願いするわ。ヴァル先生」
そうして私たちは互いに、自然と笑みがこぼれ、気が緩んだためか魔法の弾丸は光の粒になって、どこかに消えてしまった。
私は再び都市の様子を眺める。文明の光はここから見ても美しい。
その時、私はさっき感じていた違和感の正体に気付いた。そして、ヴァルが見せようとしていたものはおそらく、あの地上に広がる光たちではない。
「ヴァル。あなたが見せたかった景色って、たぶんこれではないわよね」
「どうしてそう思った?」
「だって、この光景をあなたは知らないはずよ。だって、あなたは呪いによって世界樹の中に縛られていたはずなのだから」
ヴァルは黙っていた。けど、やがて頷き口を開く。
「確かに、そうだ。俺は呪いによって世界樹の中に縛られていた」
彼は恥ずかしそうに頬を掻いてから、照れくさそうに言う。
「実はな。呪いは解けているんだ。お前の予想通り。お前のキスによってな。だから、俺はもう世界樹の外へも行けるし、本当の姿も取り戻してはいる」
「じゃあ、なぜクマの姿のままなの」
「そうではない。今の、この姿は変身魔法によるものだ」
なるほど。そういうことだったか。
「なんで変身なんかしているのよ」
「それは……」
ヴァルは恥ずかしそうな表情をしていて、もしその顔が黒い毛でおおわれていなければ、赤面しているのではないかと思える。
「エルシー。お前とは最初クマの姿で出会っているし、その……な。お前に素顔を晒すのは勇気がいるんだ。それに」
「それに?」
「少し……恥ずかしい……」
自信なさげに、そう言ったヴァルはなんだか可愛く見えてしまう。そうか、恥ずかしいか……なら。
「分かったわ。あなたが決心できるまで、待つから。決心できたら、私にあなたの姿を見せて。あなたがどんな素顔でも、私は受け入れるわ」
「ああ、悪いな」
よし、そちらの話はいったん落ち着いた。
「じゃあ、話を戻しましょう。ヴァル。あなたが本当に見せたかったのって、どんな光景?」
「ついてきてくれ。それほど時間はかからない」
それから、私はヴァルの助けを借りながら世界樹の枝から枝へ移っていく。夜の世界で足場から足場へと移っていくのは少し怖かったが、ヴァルが居れば大丈夫だと思うこともできた。
そうして、私たちはある場所へとたどり着いた。見晴らしのよさそうな、その場所には先客がいるようだった。その人物は私たちに振り向き「あら」と言った。
「こんな場所で人に出会うとは思いませんでした。こんばんわ」
そう言って微笑む彼女は、私と同じ金髪のエルフだった。
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