第27話 哀れな魔法使い
先に動き出したのは小さな虫たちだった。上方から突撃してくる小さな虫たちが次々に弾け、火花が散る。
「バリアを削るつもりだな」
ヴァルはそう言って「先に魔蜂と蜂竜を片づける。下っ端共は無視だ」と続けた。
私は頷き、ライフル銃を構える。
魔蜂たちも動き出した。先程までと違い、魔蜂同士で連携した動きで迫って来る。
落ち着いて、ヴァルとの訓練を思い出す。私は彼が動かす様々な行動パターンの的を撃ち抜けるのだ。魔蜂たちが連携した動きで迫って来ると言っても、それは行動パターンが変化しただけだ。
銃声が鳴り、魔蜂の頭部が弾ける。ヴァルが呪文を唱え、魔蜂の腹部が弾ける。その間も後続の魔蜂が迫り、小さな虫たちも突撃を続ける。
この戦いは、削り合いの消耗戦だ。そして恐らく、今の状況は私たちのほうが不利。
ヴァルは「足止めになれば良いが」と呟き、呪文を唱える。
「ハリケーン」
風が吹き荒れ、小さな虫たちを散らす。魔蜂たちも強風に動きを阻害される。
「今の魔法に多めの魔力を込めた。強風はしばらく続く」
ヴァルはちらりと私を見てそう言った。
「強風が続いている間に魔蜂を潰すぞ」
「分かったわ」
「俺もとっておきを使う。あまり使いたくはないんだがな」
本当にそうしたくはないんだ。といった感じの言い方をして、ヴァルは次なる呪文を唱える。
「カタパルト」
空間が歪み、そこから次々に魔獣の骨や、薪木や、椅子などが現れる。それらの物体が超高速で射出される。それらは風の影響をほとんど受けることなく魔蜂たちにぶつかり、魔蜂の体がつぶれ、呼び出された多くの物も破壊された。
「空間魔法に収納した物を高速で射出する魔法だ。物を捨てるようでもったいないが、敵を倒せるなら必要な投資だな」
魔蜂たちの多くが倒されて、小さな虫たちも散り散りに飛ばされている。今の変化した状況なら、こちらのほうが有利と言えるかもしれない。そう思ったのだが。
そこで蜂竜が動いた。蜂竜は翼を大きくはためかせ、私たちに向かって突進してきた。巨躯を活かした高速の一撃。当たれば、ただでは済みそうにない。
その時、ヴァルが私を抱き寄せた。突然のことで、私の心臓がドキドキと激しく動く。私が何か声を出す前に、ヴァルは呪文を唱えた。
「ジャンプ」
視界が一瞬、真っ白になった。次の瞬間、私とヴァルはさっきまで居た場所のはるか上に転移していていた。下方では私たちを見失った蜂竜がキョロキョロと首を動かしている。
私たちは蜂竜に向かって落下していく。
ここから、どう動くのだろうと思いながら、私はヴァルを見た。ヴァルも私を見ていた。お互いに目が合っていて、私はなんだか恥ずかしい気持ちになる。
「これからどうするの?」
「竜に乗った経験はあるか?」
逆に帰ってきた質問は、なんだかとても、わくわくするものだった。
「そんな経験ないわ!」
「じゃあ今回が初体験だ」
落下を続けながら、ヴァルは呪文を唱える。
「ラッソー」
すると以前見た時より、はるかに大きな光の投げ縄が出現した。ヴァルはそれを投擲。光の投げ縄は吹き荒れる風の影響を受けることなく、蜂竜の首にかかる。そうすると首に縄をかけられた蜂竜は呻き、暴れ出す。そんな巨躯の竜へ、私を抱えたヴァルが着地する。
着地の瞬間、ヴァルの全身の毛が足元から逆立った。流石に平気ではない高さだったのだろうが、彼のおかげで私は無事だ。
「ありがとうヴァル。大丈夫?」
「だ、大丈夫だ」
あまり大丈夫そうではなさそうだが、ヴァルは笑っていた。
「足の骨とかも折れてないし、ちょっと痛いだけだ」
「私のために、ごめんね」
ヴァル一人なら、何らかの魔法で着地の衝撃を和らげられたのだろうが私を抱えていた為にその余裕がなかったのだと思う。
「謝らなくていい。ちょっと痛かった程度だ。こういう時、頑丈なクマの体には感謝だな」
私はヴァルに降ろしてもらい、なんとかその場に立つことができた。足元の蜂竜は暴れているが、なんとかバランスをとって――。
その時、衝撃が走り、パリンッと何かが砕けるような音がした――何が起きた!?
ももが焼けるように熱い。何かが、私のももを貫いた?
「エルシー!?」
ヴァルが叫ぶのが分かった。私はごろごろと転がるように、蜂竜の体から落ちていく。
私とヴァルを引き離すかのように、蜂竜が飛び上がる。私は魔蜂の死体の上に落下した。運が良いというべきか、悪いというべきか、ももをやられて落下したものの、魔蜂の死体がクッションになってくれた。
強風が吹く中、周囲には魔蜂たちがまだ何匹か残っている。だけど、魔蜂たちは威嚇もせず、こちらの様子を伺っていた。まるで、誰かに行動を制止されているかのように。
ももから血が流れている。蜂竜は、はるか上方に飛び立ってしまった。ヴァルは蜂竜を相手にするために、すぐには私の元へは来られないかもしれない。今は――かなり不味い状況のように思える。
どこかから、男の声が聞こえてきた。
「防御魔法というものはね。解析すれば、力押しでなくとも砕くことができるんだ。あれだけ攻撃を加えれば、僕でも君たちのバリアを突破することは可能というわけさ。まあ、君たちが張っていたバリアは魔法というよりは錬金術の薬によるものだったようだけど。随分と昔の、使い古された防御法だったねえ。タネが分かれば、なんとも脆いもの。あとは僕の指からバリアを貫くように魔力を込めて、一匹の虫を放つだけさ」
男の声にはヴァルをあざけるような雰囲気があった。
「魔法使いというものはね。現代でも、ごくわずかに存在する。ごくわずかな魔法使いが今も魔法の探求を続けている。僕もね。僕なりに魔法の探求を続けているのだよ。君たちを襲った理由はバジリスクの弔い合戦だけど、単純に魔法使い同士の戦いをしてみたいという思いがあった。僕の魔法が他の魔法使いを相手にどの程度通用するのかというね。ま、あれは相当に古い時代の魔法使いだ。時代に取り残された老いぼれ。誰でも魔法を使えた時代の、凡庸な魔法使い」
男の言葉を聞いていて、私の中に怒りがわいてきた。その怒りは私を動かす力になっていく。
「……黙りなさいよ」
「いいや、黙らないねえ」
どこかに隠れた男が楽しそうに笑う。
「やはり僕は特別なんだ。凡庸な魔法使いや、魔法を使うこともできない一般人とは違う。選ばれた存在さ。君たちよりも優れた存在なんだよ。僕は!」
「そう、哀れね」
「……は? 何が哀れだ」
男の不快を表す声に私は答えてやる。
「哀れな魔法使いよ。あなたは、自分と違うものを理解しようとすらしなくて、自分だけの世界に閉じこもって、自分は他人より優れていると思い込んでいる」
「……は……負け犬の遠吠えだね」
「負傷した女の前に姿すら表さない、あなたのほうが、よっぽど負け犬よ」
「――貴様!」
男は激高するが、それでも姿を表さない。少しの時間を置いてから、再び男の声が私の耳に届く。
「……まあ、君の意見なんてどうでもいいさ。所詮は負け犬の遠吠え。君は魔蜂の餌がお似合いだ。君をいたぶり殺してから、その首を晒し、あのクマが絶望する顔を眺めてやる。そうして、あのクマも同じようにいたぶり殺してやる」
「最後まで隠れて、ペットが居ないと何もできないの?」
「……言ってろ。エルフ女」
ほどなくして「やれ」と短い声だけが届いた。魔蜂たちがゆっくりと動き出す。私も、いつまでもしりもちをついている場合ではない。ももの痛みにも慣れてきた。
今でも魔蜂は怖いが、殺せない相手ではない。
生き残るために、できることをするだけだ。
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