第26話 魔蜂の群れ

 宙に渦巻く炎の球を見ながら、私はヴァルの勝ちだと思っていた。


 風がやみ、炎が消える。そこには男を守るように虫の群れが球を作っていた。


 炎に態勢を持つ虫? 群れに囲まれた男は無事だ。


「ははは! そんな攻撃で僕を殺しきれるとでも? 甘いなあ」

「面倒だな……炎が効かないとは」


 笑う男に対しヴァルはぼやく。


 男が分析するように呟く。


「ふむ。先程、僕の虫たちが燃やされたのは、炎の属性を持つ魔法によるものではないな。無属性の防御魔法。攻撃を阻まれた虫たちが結果的に燃えているだけか」


 そうして男は「まあ、どうあれ」と続ける。


「攻撃を続けてバリアを剥がせば、良いだけだ。削り合いは僕の得意とするところだよ!」


 ヴァルは慌てることなく、冷静に次なる魔法を唱える。


「ゴッデスボウ」


 女神の弓を呼び出して、ヴァルは構える。


「削り合いなんぞに付き合うつもりはない」


 女神の弓矢なら、きっと虫の群れによる防御も貫ける。そう思ったが、虫の男はヴァルの魔法を対策するために動き出す。


「その魔法をまともに受けるのはやばそうだ」


 球場に飛び回っていた虫の群れが広がるように飛び回る。それは私たちを囲むドームのような形になり、私たちを閉じ込めようとする。


「君たちを閉じ込め、僕は援軍を待つとしよう!」


 援軍……ヴァルは魔蜂の群れがこちらに迫っていると言っていた。となると、ぐずぐずしているとまずそうだ。だけど、無数の虫を相手に私のライフル銃は役に立ちそうにない。ヴァルも女神の弓を消してしまった。


「あの野郎、気配を消しやがった。だが、それならそれでやりようはある」


 ヴァルは呟き、そして呪文を唱える。


「ハリケーン」


 強烈な風が虫の群れを散り散りに飛ばす。視界が開けたが、すでに男の姿は見えない。


「隠密魔法が得意というのは本当らしい。どこに消えたものかな」


 ヴァルにはまだ手があるようで、次の呪文を唱える。


「チョイス」


 黒くてごわごわした手元に現れたのは何かの球だった。虫たちがすぐにも私たちの周囲へ集まりだす。ヴァルは手に持った球を構えながら私を見る。


「特殊な煙幕を使う。十秒で良いから息を止めてるんだ。絶対に」


 不安はあったが、私はヴァルを信じて頷く。ヴァルは私が頷いたのを見て、手に持っていた球を思い切り足元に叩きつけた。瞬間、周囲に紫色の煙が広がる。私は息を止めて、状況を伺っていた。


 宙の虫たちがボトボトと落ちていく。これは、吸うとまずい煙だとすぐに分かる。次の瞬間、煙の中で私は誰かに持ち上げられる。一瞬焦ったが、ふかふかとした毛の感触に私は安心した。ヴァルに言われていた通りに息を止め続ける。


 私を抱える彼が走り出した。かなり俊敏で、あっと言う間に煙の外へ出てしまう。私を抱えている相手を確認し、嬉しく思うのと同時に緊張する。ヴァルが私の体を抱えている。


 呼吸をするのも忘れてしまっていた。ヴァルから「もう呼吸しても良いぞ」と言われてようやく私は呼吸することを思い出した。


 ヴァルが私のことを降ろしてくれる。私は離れた位置に立ち上る煙幕を眺めた。虫の群れが次々に落ちていく。


「虫たちは殺せたの? 眠らせただけ?」

「相手は小さな生き物だ。もしかしたら死ぬかもしれんが、煙はあくまで魔獣を眠らせるためのものだからな。どうだろうな。だが、一時的にせよ、そうでないにせよ、虫たちの数をだいぶ減らせたようだ」


 虫たちは次々に落ちていく。だけど、それで全ての虫を無力化できたわけではない。


 私は上方に逃れた虫たちを眺める。虫の群れは私たちを上方から監視するように飛び回っていた。


「ヴァル。さっきの男は逃げたの?」

「いや、どこかに隠れて俺たちの動きを伺っていると見るべきだろう」


 そう言ってヴァルは舌打ちした。彼は面倒そうに言う。


「魔蜂の群れのご到着だ」


 ヴァルが首を向けた方に私も目を向けた。


 私の体が固まるのが分かった。もうかなり近い場所まで迫っている大きな虫の群れ。私の腹を貫いた魔獣。その魔獣たちはあごをガチガチと打ち合わせて音を鳴らす。その数は多く、世界樹の中の魔蜂が全て集まっているのではないかと思えた。百体近くの魔蜂が私たちを威嚇している。


 動けないでいる私に、ヴァルが目を向けた。そして。


「エルシー。しっかりしろ!」


 ヴァルに叱咤激励されて、私はハッとする。私は勇気を奮い立たせながら、手に持ったライフル銃をぎゅっと握った。


「うん! 戦える!」

「本当はお前の手を借りずに戦いを終わらせたかったが、敵の数が多い。しかも俺たちを隠れながら狙っているやつまでいやがる。すまんが、手を貸してくれ」

「言われなくても、手を貸すわ」

「バリアは小さな虫の攻撃は防げるが魔蜂くらいの大きさの攻撃は流石に防げない。魔蜂を優先して攻撃しろ」

「分かったわ!」


 魔蜂たちはガチガチと音を鳴らしながら威嚇を続けている。すぐには攻撃してこない。それが分かっているのなら、私は呼吸を整え、銃を構え、魔蜂を狙い、引き金を引いた。


 銃声が響き、魔蜂の頭部を貫いた。頭部を撃ち抜かれた魔蜂は下方へと、世界樹の枝にぶつかりながら落下していく。私が先手を打った。そこから魔蜂たちが動き出す。


 私へと勢いよく迫って来る魔蜂をヴァルが妨害する。


「ウインドショット」


 ヴァルの魔法によって魔蜂の腹部が破壊された。力を失うように、魔蜂は落下する。


 私とヴァルは次々に迫る魔蜂たちを殺していく。私にとってあれだけ恐ろしかった魔蜂へ対応できている。ヴァルが一緒に戦ってくれていることもあって、心強い。今の私は、魔蜂が相手でも勇敢に戦える。


 その時、私の背後でバチンッと音が鳴った。振り返ると私の背後で小さな虫が燃えていた。いつの間にか、私の背後へ回っていた小さなバッタが襲いかかって来ていたのだ。が、それはなんらかの力によって阻まれた。ヴァルと同じように。どうして?


 一瞬疑問に思ったが、すぐ私の思考は答えにたどり着く。


 私とヴァルに共通すること、それは彼が作っていた薬を飲んだことだ。いや、彼が薬を作っているところを見ただけで。彼が薬を飲むところを見たわけではないが、そうとしか思えない。


「ヴァル。このバリアはあなたの薬の力?」

「ああ、そうだ」


 ヴァルはそう言って、再び呪文を唱える。


「ウインドショット」


 またヴァルの魔法が一体の魔蜂を貫いた。小さなバッタたちの攻撃はバリアで防げるし、魔蜂たち相手にも戦えている。なんとかなるかもしれない。そう考えていた時、それは現れた。


 象ほどの巨躯を持つ巨大な蜂。その顔は昆虫のようでありながら同時に、竜のように恐ろしく、羽は巨大な蝙蝠のようになっていた。これまで何度も名前だけは聞いていた魔獣。その名をヴァルが呼ぶ。


「蜂竜デスピアード」

「デスピアード?」

「世界樹に生息する魔獣の中でも上位の強さの化物だ」

「強そう……」

「だが、倒せない相手ではない。それに」


 蜂竜は魔蜂たちと同じように、あごをガチガチと鳴らしてこちらを威嚇している。


「奴はすぐに襲いかかって来る様子はない」


 ヴァルはそう言うが、魔蜂たちの動きに明らかな変化が起こる。魔蜂たちが隊列を組むように動き出したのだ。


「蜂竜はさしずめ、魔蜂たちの司令塔といったところか」


 ヴァルはそう言って「どうしたものかな」と呟いた。


 上方で私たちを見下ろすように飛んでいた小さな虫たちも新たな動きを見せる。


「虫たちが集まってる」

「ああ、どうも本格的な攻撃をしようとしているように見えるな」


 ヴァルの言った通りだった。そこから虫たちの攻撃が苛烈になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る