第25話 ステーキと招かれざる客
さて、力の突く美味しい物とは何か。その答えはシンプル。
ステーキだ。
「バジリスクの肉を焼いて食べましょう!」
「それは、随分とシンプルだな」
「シンプルだけど、美味しくするコツがあるのよ」
自信をもって答える私を見て、ヴァルは頷く。
「分かった。それなら、期待しよう」
そういうわけで準備をして調理開始だ。
まずは吸血にんにくを薄くスライス。
適当な大きさのバジリスク肉の塊を用意し、両面に塩とコショウをかけておく。
ヴァルの魔法でかまどに火をつけてもらい、その上にフライパンを置いて温める。
フライパンが温まったら牛脂を投入して溶かす。そこへスライスしたにんにくと肉を置き、両面にしっかりと焼き色がつくまで焼く。にんにくは周囲に焼き色がついてきたら取り出しておく。
今度はフライパンに蓋をし、かまどの火を弱め、ほどなくして消す。
「……良い感じのステーキになってるわ」
蓋を開け、ステーキを食器に移したら、その上にバターと先程のスライスにんにくを乗せて完成だ。
「バジリスクのガーリックバターステーキ! 出来上がりよ!」
ヴァルは「ほぅ」と興味深そうに食器の上の料理を見る。
「シンプルだが、なかなかに美味しそうだ」
「一緒に食べましょう」
「ああ、そうだな」
向かい合って席に着き、ヴァルと一緒にステーキを食べる。まずは一口!
「……うん! 美味しい!」
「確かに、これは元気が出る味だ!」
ヴァルからも好評だ。
バジリスクのステーキは程よく焼けて、ジューシーな味わい。一口食べれば口の中に。にんにくとバターの風味が広がって、さらに食欲をそそる。食べれば食べるほど、もっと食べたくなるような味だ!
私たちは、あっと言う間にステーキを食べ終わってしまった。まだ少し口さみしかったから、彼に空間魔法でミカンを出してもらう。一緒にミカンの皮を向いて中の実を摘まむ。
そんな時。嫌な気配を感じる。私たちに声をかける者が居た。
「食事中かな。お二方」
私たちは身構えて声のした方に首を向けた。そこには暗緑色の髪を短く刈り込んだ男の姿があった。そんな男にヴァルが問う。
「お前、何者だ?」
「ジョグという魔法使いさ。今では絶滅危惧種の魔法使いだ」
その名前には聞き覚えがある。水辺の市場でチップが言っていた怪しい男。ツリーマンの群生地で何かの実験をしていたという男。そんな人物が、私たちに何の用だ?
私の代わりにヴァルが質問する。
「そのジョグが、俺たちになんの用があって来たんだ? 返答によっては容赦しないぞ」
「おいおい。随分と物騒なもの言いだね。僕はまだ何もしていないじゃないか」
「物腰は柔らかでも、殺気は隠しきれていないぞ」
「おや、ばれてたか」
殺気……つまり、この暗緑色の髪の男は私たちを殺そうとしている!?
私は足元に置いていたライフル銃を手に取った。その動きをジョグは動じることなく眺めている。
ジョグはにこやかに笑いながら「困るんだよね」と話し始める。
「君たち、下層で僕が放し飼いにしていたバジリスクを殺したろ。せっかくかわいがっていたのに、それを焼いて食べていたようだ。僕はとても悲しいよ」
私とヴァルは相手の出方を伺う。ジョグは話を続ける。
「僕の特技は気配探知と隠密、そして魔獣の育成と改造だ」
ジョグの指がゆっくりとヴァルに向けられる。その指先にはなぜか穴が空いていた。
「ところで、知っているかい。とても小さな虫の魔獣アバドン。彼らを飼いならすことは難しいと言われるが、実際に飼いならせば、とても便利なんだ。例えば」
瞬間、ジョグの指先から何かが発射された。それは間違いなく、ヴァルの脳天を狙っていた。バチっと何かがはじけるような音がし――ヴァルの目の前で何かが燃えた。
「流石に、自衛用の魔法のひとつくらいは持っていたか。どんな魔法を使ったのかな?」
「教える義理はない。それより、お前が使ったのは魔獣か? 体内に飼っている魔獣を指先から射出する。そんなところか?」
ジョグは不愉快そうな表情になる。そして、彼の口から何かが漏れ始めた。小さな虫、いや……バッタ? それは通常のバッタよりも小さなもののようだった。だけど、それが先程ジョグの指先から放たれたものだとしたら、危険性は高いように思える。
私は銃を構え、引き金を引こうとした。だが、それはヴァルの黒くてごわごわした太い腕に阻まれる。
「エルシー。お前は下がってろ」
「でも――」
「銃が効く相手じゃない。俺が相手をする」
そう言うヴァルは何か焦っているようにも見えた。
「ヴァル……」
「それと、魔蜂たちの気配がこっちに迫っている。あのジョグとかいう野郎。魔蜂の群れをこっちにぶつける気だ」
「え……」
だとしたら、私はどうするべき?
私たちが会話をしている間もジョグの口からは次々に虫たちが現れている。その全てがバッタの姿をしていて、黒い」
「ははは。可愛い子たちだろう。彼らはアバドンと言ってね。攻撃にも防御にも利用可能だ。一匹一匹は小さな魔獣だが、その群れを相手にすることができるかな?」
ヴァルは私たちに敵対する男へと腕を向け、魔法の呪文を唱える。
「ショックアロー」
光の矢が発生し、男を狙う。だが、それは男を取り巻く虫たちに当たって止められる。男は無数の虫たちによって魔法の攻撃から守られている。
「効かないねえ。それに、逃げても無駄だぞ。僕の気配探知からは逃れられない。お前は僕のバジリスクを殺しやがった。いたぶって殺してやる」
男の周囲を飛び回る虫たちに動きが起こった。
「さあ、やれ。僕のアバドンたち!」
数十匹の虫が同時にヴァルへ襲いかかる。が、ばちばちっと音が鳴り、ヴァルの手前で火花が散る。
ジョグが笑い出す。
「ははは! バリアのようなものか! しかしね、そういうものは攻撃を受ければ受けるほど効果が弱まっていくものだ。精々バリアの中で怯えていろ。物量で押し切ってやる!」
無数の虫を操る男に勝ち目はあるのか。私は不安に思いながらヴァルを見た。彼の背中から怯えのようなものは感じない。
ヴァルは虫の男に対して、強気に言い返した。
「それはこっちの台詞だ。精々虫の群れの中で怯えていろ。魔法使いとしての年季の違いを見せてやる!」
「やってみろ!」
虫の男の挑発に乗るようにして、ヴァルは動いた。彼は一歩踏み出し魔法の呪文を唱える。
「ハリケーン」
周囲に風が吹き荒れる。辺りの物が風に乗って飛び回る。それは次第に指向性を持ち始め、特に強烈な風が虫の男を襲う。
「なに!?」
周囲の虫ごと、男の体を浮かせた。男は吹き飛ばされ、枝の上から空中に投げ出される。
けれど――。
「風の魔法で僕を枝から落とそうという算段か。甘いねえ!」
男の体は空中に浮いていた。虫たちによって運ばれているのか、彼が空中から落下することはない。ヴァルの攻撃は失敗したかに思えた。
「教えてやる。若造。魔法使いの戦いは、単純なものじゃない」
ヴァルはさらに呪文を唱える。
「プリズンウインド」
「なに!?」
吹き荒れていた風が、次第に虫の男の周囲へ集まり始める。それは監獄のように、男と虫たちを風の中に封じ込めた。
ヴァルは攻撃の手を緩めない。彼は「チョイス」の魔法を唱えて一本の杖を取り出した。それは木製の杖で、先端には赤い宝石がとりつけられている。
「かつて南東の名匠ホオジロウが作った戦闘用魔道具。火炎魔法の杖だ。お前を宙に拘束できたから、世界樹を燃やさなくて済む」
そしてヴァルは火炎魔法の呪文を唱えた。発生した炎が虫の男を取り巻く風に加わって、より強く燃え盛る。あれでは、中の男は助からないだろう。
ヴァルは魔法使いとして、虫の男より数段上を行っているように思えた。一緒に行動をしていて慣れてきていたが、ヴァルは魔法の天才なのだ。
魔法の杖を構えながら、ヴァルは言う。
「さて、やったかな?」
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