第23話 アヒージョと錬金術
キャンプを撤収し、目適地を目指す。移動中、いくつか食べられるキノコを見つけたので採取しておいた。今夜の料理に使おう。
魔蜂と出会うことはなく、戦闘が起きることはなかった。今日は一日、平和だったと言える。
世界樹の葉の明かりが弱まり、辺りが薄暗くなる。そのころには目的地に到着できた。ヴァルが言っていた通り、そこには水辺があり、足場も広くてキャンプをするのに適していた。多少、葉が多い場所だが、だからこそ隠れ家的な場所になっている。
ヴァルが空間魔法でキャンプを張り、魔除けの結界も張った。そして彼は「作っておくべきものがある」と言う。
「それってどんなもの?」
私が質問するとヴァルは「エルシーの役に立つもの」とだけ答えた。彼の方でやることがあるのなら、私も私で夕食の準備を進めよう。彼にコカトリスの肉を出すように頼んで、必要な分だけ出してもらう。今日はこの肉を使って料理を作る。
必要な物を用意して、調理開始だ。
今日はコカトリスのアヒージョを作ってみようと思う。
まずは吸血にんにくをみじん切りにして、一片は薄くスライスした。昨日市場で買っておいた暴れ唐辛子は小口切り。
コカトリスの肉を何度かフォークで刺し、その肉を食べやすいサイズにカットする。次は昼にとったキノコをカットして、それは別にしておく。
カットした肉を器に移し、みじん切りのにんにくや、少量の砂糖と塩、それと唐辛子を加えて揉む。少しの間、これを置いておいて下準備の完了だ。
下準備が終わったら、鍋にオリーブ油とにんにくを入れて揚げ焼きにする。少し多めの油を使うので、鍋は分厚くて底が深いものを使用すること。
にんにくが良い感じに揚がったらオリーブ油と一緒に別の器へ移す。そうしたなら鍋にコカトリスの肉と、キノコを入れて焼いていく。
肉やキノコにしっかりと熱が通ってよく焼けたら、それらをまた別の器に盛りつける。先程とっておいたオリーブ油を肉に回しかけてから、スライスしたニンニクや黒コショウをかければ完成だ。
私は離れたところに座り込んだヴァルに声をかける。
「ヴァル。夕食ができたわよ」
「ああ、こちらも一段落着いたところだ。食事にしよう」
そう答えたヴァルの近くには、かまどと鍋があった。鍋の中では何かがぐつぐつと煮えている。
「ヴァル。何をしていたの?」
「錬金術ってやつだ」
「錬金術!?」
その言葉に私は強く興味を惹かれた。ダンジョンの外の世界で、錬金術は魔法と同じく忘れ去られようとしている技術だ。実際の錬金術というものを私は今、初めて見た。どうしよう。今から料理を食べる時だというのに、錬金術が凄く気になる。
ヴァルは私を見ながら不思議そうな顔をする。
「……錬金術が気になるのか?」
「ええ、とても」
「ポーションなら今も外の世界で作られているんじゃないのか?」
「それはそうだけど、今のポーションは科学的に作られているものだから」
「そうなのか」
相変わらずヴァルは不思議そうな顔をしていたが、やがて「なら」と言って続ける。
「後で錬金術の様子を見せてやろう」
「それは楽しみ!」
「そんなに面白い物でもないんだけどな」
期待する私に対して、ヴァルは気恥ずかしそうな顔をしながらトンガリ帽子のつばを直していた。
二人で席に着き、一緒にコカトリスのアヒージョを食べる。オリーブ油の絡んだ肉に、しっかりとスパイスが効いている。肉を噛めばしっかりとしたうま味が出てきて期待通りの味だ。
「これは良いな」
ヴァルからも好感触。
「百点満点で言ったら何点くらい?」
そう訊くとヴァルはあごの下に手を当てて「そうだな」と考える。やがて彼は私を見て「七十点くらいだな」と答えた。
「その点数だと可もなく不可もなくって感じ」
「俺としてはなかなか良かったという感じだ」
点数に対する考え方として、私とヴァルには差があるようだった。しかし意外なのは彼が七十点でなかなか良かったという採点になるところだ。彼の場合、そのような評価の時には、もうちょっと高めの点数になるものかと思っていたが。
「良かったよ」
そう言うヴァルに私から「美味しかった?」と訊いてみると、彼は難しい顔をした。
「美味しかった、というほどではないな」
「そうなんだ?」
「なかなか良かったと言ったろ。そういうことだ」
彼の言うなかなか良いという評価は、私が考えるほどの評価ではないのかもしれない。
「……私って……」
そこまで言って考える。そんな私をヴァルは不思議そうに眺めていた。
「どうした?」
「私って、まだヴァルのこと全然知らないんだなって、思ったのよ」
「そうだな。俺たちはまだ出会って数日の間柄だ」
「もっと長い間、一緒にいるような気になるけど。そうなのよね」
それこそ、夢の中での訓練はずいぶんと長く一緒だった気がするが、あれは夢の中での出来事だし、ノーカウントかもしれない。
「私、ヴァルのこと、もっとたくさん知りたいわ」
「なんにでも興味をもって知りたがるのは金髪エルフの特徴だな」
「違うわよ。私がエルシーで、あなたがヴァルだから。だから知りたいと思うの」
私は、ヴァルの黒くてごわごわした毛むくじゃらの顔をじっと見た。彼は恥ずかしそうに頬を掻く。
「それなら、食事の後で錬金術について教えよう。それも、俺についてのことだろ?」
「そうね。教えてちょうだい」
その後、食事が終わり、夕食の片づけも終わらせた。
私はヴァルの錬金術を見学させてもらう。彼は私のために説明を始めてくれた。
「錬金術は、複雑なものではない。魔法を簡単にしたようなものだ」
「そうなのね」
「そのようなものだから、そう考えると、外の世界で廃れていくのは仕方ないのかもしれないな」
ヴァルは寂しそうに笑った。彼にとって、世界から魔法が失われていくのは、とても寂しくて辛いことのはずだ。
「さて、そんな錬金術だが、鍋の中に複数の素材を入れ、魔力をこめながら混ぜていく。基本的に作業はそれだけだ」
「本当に、簡単そうね」
「そうだ。まあ、魔力の流し方にはコツが居るんだが……そうすることで望んだ力を持つ液体を作ることができる。それを固形物にすることもできるが、出来上がったものは液体として使うことが多い。もともとは金を作ろうとして発展した技術だが、最終的には薬品を作る技術に落ち着いた」
ヴァルの話はとても興味深かった。魔力が必要ということだから、私には出来ない技術だが、それをヴァルはやって見せてくれる。空間魔法によって取り出された複数の素材が鍋に投入され、かき混ぜられていく。
「さっきも一つ作ったが、バジリスクの肝とツリーマンの葉を混ぜて、魔除けの薬を作ってたんだ」
「魔除けの薬?」
「ああ、魔除けの結界とは効果が違ってな。結界はその場に効力を発生させるのに比べて、魔除けの薬は本人に効果を発揮させる。それに魔獣が前に居ても、魔獣によっては近づくのを嫌がってくれる」
「それは、なかなか便利そうね」
「ああ、明日はこれを飲んでおけ。魔蜂の気配がここから上へ進んでいくと集まっている」
ヴァルが私のために作っていた物はこれか。それにしても……。
「ヴァル。あなたが作った怪しげな薬を女の子に飲ませるつもりなの?」
「そうだが?」
ヴァルは私に対し、こいつは何を訊いているのだろうという顔をしていた。まあ、彼に悪気はないのだろうが。
「……分かったわ。飲んであげる。あなたが私のために作ってくれたものだものね」
「効き目は保証する。きっとエルシーの役に立ってくれるはずだ」
ヴァルからは悪意のかけらも感じなくて、だから私は呆れてしまい、ため息をつくのだった。
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