第22話 ヴァルと肉野菜炒め

 さらなる上層へと向かう道中で、とくにアクシデントと呼べるようなアクシデントは起きていない。魔獣とも出会うことがほぼ無く、快適な旅と言えた。


「今日はスライムとか生物野菜くらいしか見ないわね」


 私の言葉にヴァルが頷く。


「とはいえ、警戒心はいつでも持っておくことだ。安全だとしてもな」

「でも、あなたの探知魔法にも大した反応はないんじゃないの?」

「だとしても、だ。魔法があっても気を緩ませるべきではない。でなければ意外なことで足をすくわれるかもしれない」


 ヴァルと違って、私は魔法を使えない。だからこそ私はヴァルよりも警戒心を強くしておくべきなのだろう。私は一度、魔獣に腹を貫かれて死にかけたし、気を緩ませるべきではない。


「分かったわ、ヴァル。でも、あなたが居ると心強いわ」

「それはどうも」


 そんな会話をしたりもしつつ、私たちは昼まで歩き続けた。ヴァルが「この辺で休憩をしよう」と言うので、私は賛成した。


 比較的に太い枝が集まっているポイントを探し、そこでキャンプを張る。キャンプ道具はヴァルの魔法を使えば一瞬で設置できるから楽だ。ヴァルはすぐに魔除けの結界も張ってしまう。


「ヴァル、昼食の準備をしようと思うんだけど」


 私がそう言うとヴァルは期待のこもった顔で「ああ!」と答える。


「何を作る? 何でもやってみたいぞ!」

「やる気満々ね。でも、始めは簡単なものが良いかしら」


 昼に作るものは朝のうちに考えてある。私はその料理の名を発表する。


「お昼は肉野菜炒めを作ってみましょう」

「肉野菜炒めか」

「ええ、名前のままの料理よ。でも、適当に作るのと、考えて作るのとでは味が変わるの」

「そうなのか? まあ、やってみよう」

「やってみましょう! 一部の調理は私がするけど、良いわよね?」

「了解だ。一緒に作ろう」


 では、必要な物を準備してから、調理開始だ。


 まずはコカトリスの肉と生物野菜をカットする。のだが。


「吸血にんにくは私が切っちゃうわ。吸血されると大変だから」

「分かった」


 吸血にんにくをカットして、私はヴァルに「見て」と言う。


「包丁の持ち方はこう……ヴァルの手だと、もうちょっと持ち方が変わるだろうけど、気をつけるべきは自分の手を切らないことよ」

「了解だ」


 意外……というと失礼になりそうだが、ヴァルは素直に私の説明を聞いている。何かを憶えるということに対しては、彼は真剣だ。


「じゃあ、野菜を切ってみて頂戴。私が指示する通りにね」

「エルシーが指示する通りに、だな」


 それから、ヴァルは私の指示通りに生物野菜を切っていく。お化け玉ねぎに、飛び人参、ゴロゴロキャベツ。それらの野菜をヴァルは指示通りに切ってくれた。


「……ヴァル。包丁を使うのは初めてよね?」

「ああ、そうだが。何か不味かったか?」

「逆よ。あなた筋が良いわ」

「そうか。エルシーのお墨付きだな」


 ヴァルは嬉しそうに笑った。そんな彼を見て、私も嬉しくなる。


「次はコカトリスの肉をカットするわよ。私の指示通りに動いてね」

「任せておけ」


 ヴァルは空間魔法から注文の肉を取り出し、指示に従ってカットする。これで肉と野菜のカット完了。


「食材を切ったら、今度はそれらを炒めていくわ。食材を炒める順番は大事だから、気をつけてね」


 私の言葉を不思議に感じたのか、ヴァルは首をかしげる。


「食材を炒める順番で何か変わるのか?」

「味が変わるわ」

「本当に?」

「本当よ」


 ヴァルは不思議そうな顔をしながら「了解した」と頷く。


「では、かまどに火を起こしましょう」

「いつものやつだな。任せておけ」


 待ってましたと言わんばかりにヴァルは動いてくれた。かまどに火がつく。


「フライパンをかまどの上へ。油を敷いて温めるわよ」


 私の指示通り、ヴァルは動く。


「……油が充分に温まったわね。そうしたら、スライスしたニンニクから炒めていくのよ」

「ニンニクだな」


 フライパンの中にニンニクが投入されて、炒められる。それに焼き色が付いたら、次の工程だ。


「今度はコカトリスの肉よ」

「了解」


 指示通りに肉が炒められる。充分に炒めた肉は一度別の皿に移してもらい、今度は野菜を炒めていく。


「先に肉を炒めたことで、肉の油が出てきたわ。この油が続いてフライパンに入る野菜に馴染んで、美味しくしてくれるの。野菜を入れる順番は、玉ねぎ、人参、キャベツの順よ」

「なるほどな。やってみよう」


 ヴァルは私の言った順番で、野菜をフライパンへ投入した。フライパンの方を見ながらヴァルが呟く。


「……良さそうな感じだ」

「完成までもう少しよ」


 野菜を炒めて、そこへ別の皿にとっていた肉を戻す。ヴァルの調理は完璧だ。きっと、すぐに私の指示など必要なくなるだろう。彼には魔法以外に、料理の才能もあるようだ。それは嬉しくもあり、なんだか少し寂しくもあった。相手の物覚えが速いと、教える方としては複雑な気持ちになる。それは私だけだろうか。


 と、考え事ばかりしていてはいけないな。今は調理中だ。


「最後は塩コショウで味付けしたら完成よ」

「いよいよ完成だな!」


 ヴァルが塩コショウをふりかけ、肉野菜炒めが出来上がった!


 かまどの火を消し、肉野菜炒めをフライパンから皿へ移す。


「早速、食べよう」


 そう言って私を急かすヴァルは人間の少年のように初々しく見えた。


「そうね。食べましょう」


 私とヴァルはキャンプで向かい合って座り、一緒に肉野菜炒めを口にする。そのお味は。


「なかなか良いな!」

「うん、なかなか良いわ!」


 ヴァルの、初めての料理にしてはなかなか、いや……かなり良い!


「肉野菜炒めは免許皆伝ね!」

「免許皆伝が早すぎるだろ」


 ヴァルが呆れたように笑った。でも、この料理は本当によくできている。


「確かに、早すぎるかもね。でも、ヴァル。さっきも言ったけど、あなた筋が良いわ。私が太鼓判を押すんだから、あなたは自信を持つべきよ」

「そうか……なんでもやってみるものだな」


 ヴァルは嬉しそうな顔をしながら、もくもくと料理を口に運んでいく。が、不意にその手が止まった。彼はいつもの考え事をしている時と同じ顔をしていた。


 ヴァルはフォークを皿に置き、私を見る。それから、彼は言う。


「エルシー。考えていたんだが、お前は魔法を使えないと言っていたな」


 急にその話をして……彼はどうしたというのだろう。


「ええ、魔法を使えないと言ったわ」

「思ったんだが、お前。魔法の訓練はしてみたことあるのか?」

「ないわよ」

「なら――」


 彼の言いたいことは分かった。でも、彼の期待には答えられない。


「もしかしたら、私もやってみれば魔法を使えるかもしれないっていうの?」

「ああ、もしかしたら、だが」

「その可能性は無いわ」


 私は魔法を使える可能性をはっきりと否定する。彼は悲しそうな顔をするけれど、こればかりは仕方が無いことなのだ。


「世界にはたくさんの人がいるのよ。私のような境遇のエルフだって多い。でも、魔法を使えなかったはずの人が魔法を使えるようになった、なんて話は聞かないの。それだけで、私の言いたいことは分かるわよね」


 ヴァルは難しそうな顔をする。その表情は寂しそうなものでもあった。


「でも、何か……ないか? 魔法を使えるんじゃないかと感じたような、そんな出来事が」


 そう言われて、私は今朝、起きたばかりの時に感じたことを思い出した。ほんの少し、手の平から何かを生み出せるような感覚があった。でも……それは……。


「そういう出来事があったとしても、それはきっと思い違いよ。私だけが特別だなんて、そんなことはない……きっとありえないことだわ」


 ヴァルはしばらく私をじっと見ていた。だけど、やがて諦めたように「分かった」と口にした。


「もしかしたら……エルシーにも魔法を使えるかと思ったんだ」


 彼はそう言って「でも」と続ける。


「この話はここで終わりにしよう。今は美味しい料理を食べる時だ」

「そうね」


 その後、キャンプで一時間ほど休憩してから私たちは再び目的地へ向かうことになった。

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