第21話 ゴロゴロポテトのサラダ

「それで、今日は何を作るつもりなんだ?」


 ヴァルに聞かれ、私は答える。朝食のメニューはすでに決めている。


「ゴロゴロポテトのサラダを作ってみようと思うわ」


 ゴロゴロポテト。またの名前をゴロゴロ芋という食材は世界樹ダンジョンの中をよく転がっている。なかなか素早いので捕まえるのは大変だ。


 必要な調理器具を準備し、生物野菜袋からゴロゴロ芋を取り出す。他にモグラキュウリや飛び人参も使ってみよう。生物野菜が大人しいうちにさっさと調理してしまう。


 ゴロゴロ芋の皮を向いて手ごろな大きさにカット。モグラキュウリは薄切りにし、飛び人参は皮を向いてイチョウ切り。手早く済ませる。


「ヴァル。かまどの火を用意して」

「了解だ」


 鍋に水を入れ、かまどの上へ。ヴァルが火をつけてくれたので、芋を鍋の中へ入れる。しっかり柔らかくなるまで茹でよう。


 芋を茹でているうちに薄切りにしたキュウリを塩で揉んでおく。この作業も、それほど時間はかからない。


「ヴァル。昨日チップから買ったハムを出して」

「分かった」


 豚のハムがヴァルの空間魔法によって取り出された。私はそれを受け取り、食べやすいサイズにカット。


 芋が良い感じにゆで上がるのを待ち、くしが簡単に刺さるくらいの柔らかさになったら、それをザルにあげて粗熱を取る。


 さて、芋を冷ましている間に、今度は人参を鍋に投入しよう。これもまた柔らかくなるまで茹でていく。


 ふとヴァルの方を見ると、彼は感心するように私のことを眺めていた。


「複雑そうな工程を軽々こなしていくんだな」

「あら、全然複雑じゃないわよ。ヴァルだって、やってみればできるわ」

「そうか。じゃあ今日の昼にでも何か教えてくれ」


 教えてくれ、とヴァルは言った。私はその言葉を聞いて手を止めてしまう。


「ヴァル。あなた、教えてくれと言ったの?」

「そうだよ。エルシー、君に教えてくれと言ったんだ」


 私が黙ってヴァルを見ていると、彼は不安そうな顔をして「駄目か?」と訊いてくる。その姿がなんだか可愛らしかった。


「いえ、駄目じゃないわ。なら今日のお昼に、何かを一緒に作りましょう!」


 私の返事を聞いてヴァルの表情が明るくなった。ヴァルはほんとに表情が分かりやすい。そんな彼を私は好ましく思う。


「とりあえず、朝食は作ってしまうわ。あなたは見てて」

「ああ、見学させてもらう」


 ……どこまで作業を進めていたかな。ああ、そうだ。茹でた芋を冷ましていたところだった。鍋に人参を入れているから、そっちも意識しておかないといけない。


 芋から粗熱が取れたら、今度はそれを器に移し、潰していく。芋にまだ熱が残っているうちに酢を入れて、混ぜながら馴染ませる。


 人参の方は……良い感じだ。茹でたそれをザルに取り、先程準備しておいたキュウリやハムと共に、潰された芋と合わせる。そうしたら、調味料を入れるのだが、ここで異世界から持ち込まれた知恵が活躍する。


 瓶に詰められたそれを私が手に取ると、ヴァルが興味を持ったようで、訪ねてきた。


「エルシー。それはなんだ?」

「マヨネーズよ。美味しい調味料」

「ほぅ」

「ま、見てて」


 私は食材の入った器に、塩とコショウ、そしてマヨネーズを入れる。そして、それらをよく混ぜ合わせれば。


「ゴロゴロポテトのサラダ! 完成よ!」

「完成したか」

「ヴァル。これをパンと一緒にいただきましょう」

「分かった。パンを出せば良いんだな」


 ヴァルは空間魔法でパンを出してくれた。では、朝食をいただこう。


 私たちは席に着き、今日はヴァルが空間魔法で丸いテーブルを出してくれた。そこに器を置く。


「では、いただこう」

「そうね。いただきましょう。今朝のサラダは自信作よ」

「それは楽しみだ」


 私とヴァルで一緒にポテトサラダを食べる。うん! 全体へほのかに酢が効いている。食材の味を調味料が引き立ててくれている。これは美味しい!


「……美味いな」


 ヴァルもポテトサラダを味わいながら満足しているようだった。この料理も、彼は気にいってくれたようだ。


「だんだんヴァルにとっての美味しい料理が増えてきたわね」

「そうだな。料理というものはなかなか、楽しめるものだ」


 私と出会ったばかりのころのヴァルは、世の中不味い物ばかりだと言っていた。それが彼の持論だった。あの時とは随分と変わったものだ。それは彼にとって良い変化だろうし、私にとっても凄く嬉しいことだ。それに、彼は料理を作ることにも興味津々という感じになってきている。


 私はヴァルにたくさんの美味しいものを知ってもらいたい。そして、彼が美味しいものを作りたいというのなら、私は彼に料理を教えたいと思う。私は店を持つような料理人ではない。でも、私は料理に自信を持っているし、彼に料理を教えることはできる。


「……お昼は何が良いかしらね」

「おいおい、まだ朝食も片付いてないのに。もう昼食の話か?」


 ヴァルが呆れたように私を見ていた。でも、それで構わない。私は今、最高に楽しい。


 朝食を食べ終わり、後片付けも終わらせた。ヴァルはキャンプを空間魔法に収納して、出発の時間となった。


「準備は良いな。出発しよう」

「ええ、いつでも行けるわ」


 私たちは歩き出し、ほどなくして水辺の市場を通りかかる。その時、私たちに向けて声をかける人が居た。チップだ


「おうい! 出発かい!」


 私は足を止め。ヴァルも足を止めた。私はチップの方を見て会釈する。


「おはよう。チップ。あなたはお店の準備中?」

「そんなところだねー。と、おはよう。クマの旦那もおはよう!」


 ヴァルは若干面倒そうに「誰がクマの旦那だ」と呟いた後、チップに「おはよう」と返した。


「ごめんなさいね。チップ。彼ったら照れてるのよ」

「なるほど。と、出発するなら、一応言っておきたいことがあったんだよ!」


 言っておきたいこと?


「それは何?」

「いや、何でもなければ良いんだがね。今日の早朝に何体かの魔蜂が上層へ向かって飛んでいくのを見たって奴が居るんだよ。魔蜂って普段は巣から離れない魔獣だって聞いてるから、何か妙だなって。俺の気のせいならそれで良いんだが」


 魔蜂が? 上層へ移動? なんのために?


「だから、出発するなら、一応そのことは頭にとどめておいてくれ」


 チップは心配してくれている。彼の忠告に私は頷く。


「……気をつけるわ。忠告ありがとう」

「ああ、それじゃあな。また」

「ええ、また合いましょう」


 私たちはチップと分かれ、水辺の市場を後にする。市場からある程度離れてから、私はヴァルに質問する。その質問をするまで、私も、私なりに考えをめぐらせていた。


「……ヴァル。あなたは魔蜂たちが移動していることどう思う?」

「どうと言われてもな。普通ではない動きをしているとしか言えない。だが」

「だが?」

「何かに集まっているか。あるいは何かに呼ばれているのかもしれないな」


 それは私も考えていたことだ。


「たとえばツリーマンたちに言葉や社会性を与えた人間の仕業……なのかしら?」

「はっきりとしたことは言えないな。上に行ってみれば分かることだろうが……」


 ヴァルは私を心配するような目で見ながら、こんな提案をした。


「エルシー。お前は市場に戻って待っているか? 俺が一度。先に上層を調査してきた方が良いかもしれない」


 そう心配してくれる気持ちは分かる。だが。


「あら、私はあなたとたくさん訓練を重ねたわ。ある程度は前よりも戦えるようになったつもりよ」

「そうかもしれないが……」

「それに」

「……それに?」


 私はヴァルと約束したのだ。その約束は守りたい。


「今日のお昼は一緒に作るんでしょ。約束は守るわよ」

「……そうか」


 やがてヴァルは静かに笑い、肩をすくめた。


「ならば、ここから先も一緒に行こう。せいぜい俺からはぐれるんじゃないぞ」

「もちろん。そのつもりよ」


 こうして私たちは再び歩き出した。上層へ向かって。

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