第20話 夢の中の訓練
あれ? 私は何をしていたかな?
ヴァルと話していて、その後、毛布の上で横になって……思い出した!
私は眠ったのだ。そして、今の私は夢を見ている。ここは夢の中の世界だ。
視界には白い空間が広がっている。白い空間の中で私はふわふわと浮いている。そんな空間でヴァルの姿を見つけた。彼も私と同じように、空間にふわふわと浮いている。彼がこちらに声をかけてくる。
「どうやら無事に夢の世界に入ってこられたようだな」
「ヴァル。ここはあなたが見ている夢……あなたの夢の世界だっていうの?」
「正確に言うなら、俺とお前の夢が混ざり合った世界だ。さあ、いつまでも、ふわふわと浮いていないで、地に足をつけてみろ」
地に足をつけてみろ。と言われても。
「どうすればいいの?」
「地面をイメージしてみろ。一面に広がる地面だ」
「……やってみるわ」
難しそうだけど、挑戦してみよう。私は果てなく広がる地面を想像する。街の中でよく見るような……石畳の地面だ。
果てなく続く石畳を想像し、それは現れた。私が想像したそのままのものが、真っ白な世界に現れたのだ。現れた地面にヴァルが着地する。
「ほぅ。お前が想像すると、このような地面になるのだな」
「凄い! 魔法みたい!」
「ああ、夢の中でなら、お前にも魔法のまねごとが出来る。それより、そろそろ着地してくれ」
簡単に言ってくれるが。
「そうね。でも、着地するにはどうすれば良いの?」
「着地するイメージだ。地面に立つ自分の姿を想像しろ」
「……分かったわ」
ヴァルに言われたとおりに、やってみる。足から落ちるように引っ張られ、着地する。何とかその場に立つことができた。ヴァルは私を見ながら楽しそうに笑う。
「良いぞ。筋が良い」
「夢の中で動くのが?」
「そうだ。これがなかなか出来ない奴も居る」
そう言われると。私はなかなかやる方なのだろうか。少しだけ、誇らしい気持ちになる。
「それで、夢の中の世界に居ることは分かったけれど、これから何をすれば良いの? 銃の練習?」
「その通りだ。ここは夢の中の世界だ。他人や、時間を気にせずに訓練ができる」
他人ってのは分かるけど。
「時間も気にせずに訓練できるの?」
私の質問に対してヴァルは頷く。
「魔法の夢だからな。時間はいくらでも引き延ばせる。逆に目覚めようと思えばすぐに目覚められるし、魔法の夢の世界から、普通の夢の世界に移ることも容易だ」
「魔法とか普通とか、夢に違いがあるっていうのがよく分からないけど……」
ついでに言うと、私とヴァルの夢が混ざり合っているということもよく分からない。とはいえ、ヴァルが言うのだから、そういうことなのだろう。
「じゃあ、満足いくまで訓練してみましょうか」
「そうだな。早速始めよう」
すると、周囲に点々と的当ての的のような物が出現した。私はそれらの的を想像してはいない。ヴァルを見ると彼は得意気な顔をして言う。
「あれらの的は俺が想像した。お前は銃を想像してみろ。俺はあの形をよく覚えていないから想像が出来ん」
「私も銃の何から何まですぐにイメージできるわけじゃないんだけど」
「それでも、俺よりは銃に詳しいはずだ。銃と弾を想像してみろ。それとも、お前のために弓矢でも出してやろうか?」
そのように挑発されて、黙ったままの私ではない。ならば、やってやる!
思い出せる限り正確に、ライフル銃の姿を想像する。思い出せる限り正確に、銃弾の姿を想像する。そして。
「ほぅ。お前が想像すると、そのような形になるのだな」
私が出現させた銃と弾は青白く光っていた。炎のように揺らめく光が銃と弾の形をしていた。これは、まるで。
「ヴァルの魔法みたいだわ!」
「そうだな。では、銃に弾を込めて的を狙ってみるんだ。俺もできる限り、お前の訓練を手伝ってやる」
「それは良いけど。ヴァル、あなた銃の訓練なんてできるの? 銃には詳しくないと思っていたけど」
「そりゃそうだ。俺は銃のことなんてほとんど知らない」
じゃあ、どうやって銃の訓練を手伝うというのだろう。なんて考えていると、彼は補足するように言葉を付け加える。
「銃のことは知らないが、遠くを攻撃する武器という物の本質は昔から変わらないはずだ。投石器から弓、魔法から銃に至るまで」
「それはどういうこと?」
そう訊かれて、ヴァルは弓矢を構えるような仕草を見せる。
「構えて、狙って、撃つ」
「それだけ?」
「それ以外に何がある?」
ヴァルに銃の指導はあまり期待しないほうが良さそうだということは分かった。でも、構えて、狙って、撃つ。か。その練習をしないより、した方が良いのは確かだ。ここでは時間をたっぷり使えるようだし。想像すれば弾を出せるのなら、残弾のことも気にせず、銃の訓練に没頭できるだろう。
「分かったわ。やってみる」
「練習開始だ」
早速、私は青白い光の銃を構えて、的を狙い、引き金を引く。銃声が響き、遠くの的を粉砕した。これでも、銃の腕はそこそこ自信がある。百発百中とは言えないが、それなりの精度で的を撃ち抜くことができるはずだ。
「ざっとこんなものよ!」
ヴァルの方に顔を向けてニッと笑ってみた。彼は腕を組んで「ふむ」と言う。
「動かない的なら、当てるのも慣れたものか。では、こうしてみればどうかな」
ヴァルは組んでいた腕を解き、片腕をひゅっと動かす。そうすると、宙に浮く的たちが規則的な動きで動き出す。
「まずは規則的な動きから、次第に変則的な動きに変えていく。お前はそれを狙って撃つ。お前が満足いくまで、訓練に付き合うぞ」
「了解」
そこからは、随分単純でスパルタな訓練が続いた。ひたすら出現する的を撃つ。的に弾が当たるたび、的は複雑な動きをするようになっていく。とはいえ、夢の中なので疲れることはない。いくらでも訓練は続けられた。
構えて、狙って、撃つ。
構えて、狙って、撃つ。
構えて、狙って、撃つ。
銃弾が無くなれば、新たな銃弾を想像し――構えて、狙って、撃つ。
どれほど、その動きを繰り返しただろうか。もう何時間も、いや、何日も、下手をすれば年単位で訓練を続けているような気がした。夢の中では時間の感覚があいまいで、私が訓練に満足がいくころには、もうずいぶんと長い時が経っていたような気がした。
ヴァルが私のことを見ながら「もうずいぶんと上手くなったんじゃないか?」と呟いた。
「そろそろ、夢から現実に戻っても良いかもしれないな」
「あら、もう良いの?」
「まだ訓練に満足してないか?」
訊き返されて、私は首を振った。充分な訓練を積んだと思う。
「訓練には満足してるわ。それに、そろそろヴァルのために料理を作ってあげなければと思っていたの」
「そいつは良い。では、夢の世界から出ると良い。朝になれば目覚めるだろう」
「ヴァル。私、現実ではまだ一夜しか経過してないというのが信じられないわ」
「信じられないかもしれないが、目覚めてみれば翌日だよ」
分かった。と返事する代わりに私は頷いた。
目覚めようと思ったからか、ゆっくりと、視界がぼやけていく。夢の世界が輪郭を失っていく。
「じゃあな。また後で」
ぼやけていく世界の中でヴァルがそう言った気がした。
気が付いた時には、私は褐色の天蓋を眺めていた。夢の世界から現実に戻って来たのだ。
私は目をこすりながら上体を起こす。体には、特に変化はない……と思う。
なんとなく、私は自分の手の平を眺めた。夢の中での経験があったからか、私は手の平から何かを生み出せるのではないかと想像した。でも、そこから何かが生み出されることはなかった。やはり、夢の世界ででも無ければ、私がヴァルの魔法のようなことを出来るわけがない。
気持ちを切り替えよう。私は両手で自信の頬を叩く。そして立ち上がり、テントの外へ出た。
今朝も、ヴァルのために朝食を作ってあげよう。
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