第19話 バジリスクのフライ

 準備完了。それでは夕食を作っていこう。


「今夜のメニューはバジリスクのフライよ」

「バジリスクの肉を使うんだな」

「ええ。その通り」

「骨や内臓は必要か?」

「それはいらない」


 ヴァルに出してもらったバジリスクの肉を適切な大きさに切り取る。あとは衣をつけてあげるだけ。簡単な料理だ。


 器に卵を割り入れ、小麦粉と水を加えてよく混ぜる。これに先程切った肉をつける。


 続いて、パン粉を居れた器に、液体のついた肉を入れる。肉にパン粉をまぶしたら、衣をまとった肉を油で揚げる。


 ヴァルにかまどの火はつけてもらっているので、油の入った鍋を加熱。この時に使う鍋は分厚くて底が深いものを使う。


 高温の油で衣のついた肉を揚げていく。衣がきつね色になるくらいに揚げてみよう。


 充分にバジリスクの肉が揚がったら、それを鍋から取り出し、皿に盛る。かまどの火を消して、鍋の油は後で処理しよう。


 フライだけでは寂しいので、午前中に市場で買ったゴロゴロキャベツを付け合わせる。これは千切りにしていただく。


「さあ、バジリスクのフライの完成よ!」

「早速いただこう」

「そうね。いただきましょう」


 ヴァルと二人でバジリスクのフライを食べる。サクサクの衣の下にある肉はジューシー。なんというか、コカトリスの肉をもう少し油っぽくした感じがする。


 なかなか良い感じだと思う。ヴァルはどんな反応をするだろう。彼に注目する。


「……うん。なかなか良いんじゃないか」

「美味しいとまではいかないかー」

「悪くはないがな。なかなか良い」


 今回はヴァルから美味しい判定は貰えなかった。だけど、彼にとって悪くはなかったというようなので一安心。とはいえ、彼が私の作ったものに対して悪い反応を見せたことは無いが。これからも肩の力を抜きつつ頑張ろう。


「付け合わせのキャベツも食べるのよ」

「分かってる。食べるよ」


 その後、フライとキャベツを食べ終わり、ヴァルが空間魔法でツリーマンのミカンを出してくれたので、それもいただいた。ミカンはみずみずしく、少しの酸味と、たっぷりの甘みがあった。


 食事が終わり、油を処理し、食器の片付けなども終わらせて、しばらく後。色々とやることを終わらせて、後は寝るだけになったのだが、昼寝をしていたこともあってか、まだ眠くはなかった。


「どうしようヴァル。まだ眠くない」

「そうか。俺は寝る」

「そう言わないで話にでもつきあってよぉ」


 ねだるように言ってみたところ、ヴァルはため息をつきつつ「しょうがないな」と返事をしてくれた。


「じゃあ、明日の予定でも確認しておこうか。明日の朝にやっても良いかと思っていたが」

「今、確認しましょう」


 私たちは椅子に座って向かい合う。今夜はヴァルが特別ふかふかな椅子を空間魔法で取り出してくれた。席に着き、ヴァルは頬杖をつく。


「さて、明日の予定について確認しよう」

「よろしくね」

「俺たちは明日の朝からさらに上層を目指す。一日では目的の場所にはつかないだろう。途中でキャンプをする必要がある。俺だけが知ってる秘密の水辺があるから、とりあえず明日の最終目的地はそこだ」


 ヴァルだけが知ってる秘密の水辺……世界樹ダンジョンで長く活動する者たちの中には、秘密の給水ポイントを知っている者が居ると聞いたことはあるが、彼もその一人だったか。彼がこのダンジョンでなん百年も活動していることを考えれば何も変ではないか。


「道中で気をつけることはある?」

「いや、道中とくに危険な魔獣は居ないな」

「それ、ヴァルの基準で危険な魔獣は居ないって言ってるわよね?」

「ん……そうだな」


 ヴァルは考えるような仕草を見せ、それから「しいて言うなら」と言って続ける。


「世界樹ダンジョンのあちこちにあるものだが、明日に俺たちが通るルートから少し外れたポイントに魔蜂の巣がある。稀なことだろうが、俺たちの通るルートに魔蜂が迷い込んでくる可能性はある」


 魔蜂、という言葉を聞いて私の全身に怖気が走った。まだ、あの魔獣に腹をぶち抜かれた時のことを思うと嫌な気持ちになる。ヴァルはそのことを気にしてくれて、あえて話に出さないようにしてくれていたのだろうか。少なくとも、私から詳しく話を聞かなければ魔蜂の話が出てくることはなかった。


「ヴァル。私のために魔蜂の話を出さないようにしてくれていたの?」


 そう訊ねると彼は恥ずかしそうに頬を掻き。


「さてな」


 と、短く答えた。彼は私に気遣うような視線を向け、それから「お前が構わないというならの話だが」と前置きする。


「魔蜂についてお前も詳しく知っておくべきだとは思うのだが」


 私は少しの間迷った。魔蜂という魔獣は怖い。でも、その魔獣について知っておけば、これから、魔蜂と遭遇した時に私でも、もっとうまく対処ができるかもしれない。私は考えた末に頷いて答える。


「教えて。私でも、いざという時に、魔蜂に対処できるようにしておきたいから」

「了解だ。教えよう」


 そうしてヴァルの説明が始まる。


「まず、魔蜂という魔獣だが。これは通常の蜂とは大きく生態が異なる」

「そりゃあ、通常の蜂と魔獣とでは違うでしょうね」


 お化け玉ねぎや飛び人参などといった生物野菜も魔獣に分類されるが、あれらは通常の野菜と大きく性質が異なる。通常の玉ねぎは地上を這いまわったりしないし、通常の人参は空を飛んだりしない。


 ヴァルは頷く。


「そうだな。通常の種と魔獣とでは、全然違う。魔蜂の場合、そいつらは集団でなく単独で行動することが多い」


 そういえば、私を襲った魔蜂は単独で行動していた。でも。


「蜂って外で行動している時は単独で行動するものじゃない?」

「そうだな。だが、奴ら魔蜂は巣の中でも単独で行動しているものだ。奴らは一匹か二匹で巣を作るものだからな。まあ、蜂竜なんかが絡んでくると、また違ったことになるんだが、今はその話は置いておこう」

「へえ」

「そして魔蜂は繁殖期か巣を壊された時を除いて、巣から遠く離れて行動することはない」

「なるほど」


 下層で私を襲った魔蜂の巣はバジリスクによって破壊されていた。だから、私は運が悪かったのだろう。巣を破壊された魔蜂はいつもより行動範囲が広がり、私が普段探索していた場所で、魔蜂と遭遇してしまった。と、いうことのようだ。


「普通、魔蜂は行動範囲が狭く、行動する時間も朝のみに限られる。だから、気を付けて行動すれば、魔蜂と遭遇する可能性は低いんだ」


 つまり、非常時でなければ遭遇すること自体を避けられる相手ということか。


「そして、もし遭遇した場合も、落ち着いて対処すれば倒せる相手だ」

「落ち着いて対処すれば、ね」


 私の返事に対し、ヴァルは「そうだ」と言った。彼は魔蜂を倒せる相手だと言うが、私にも可能だろうか。


「魔蜂は、得物や敵と遭遇した時、アゴを何度も噛み合わせてガチガチと音を鳴らす」

「それは威嚇音かしら?」


 そういえば、私が魔蜂の針に貫かれる前、奴はそんな音を出していた気がする。その時、私は逃げようとして……うう、嫌な気分だ。


「威嚇音を鳴らすのは、一部の通常の蜂と似ているな。魔蜂は、威嚇音を出している間は動きを止める。空中でホバリング状態になるんだ。魔蜂が威嚇音を出してる間、逃げようとしてはいけない。そうすれば奴はすぐに襲い掛かって来る」


 そうなると、私は以前、魔蜂に対して間違った行動を選択したことになる。逃げるべきではなかった。


「だから、魔蜂が威嚇をしている間、こちらがとるべき選択肢は攻撃だ。慎重に狙いを定め、向こうが攻撃をしかけてくる前に仕留める」

「狙いが外れたら?」

「厄介なことになる。だから、魔蜂と相対したら、確実に一撃で仕留めろ。奴の弱点は頭か腹。羽を攻撃した場合は機動力を奪える」

「私にできるかしら?」

「できるようになりたいんだろ?」

「そうね。できるようになりたい」


 そうはいっても、なかなか、できるようになるのは難しいかもしれないが。


「なんなら、明日の朝まで訓練でもするか?」


 ヴァルはそんなことを言うが。


「徹夜で? 明日の行動に支障が出るんじゃない?」

「普通に訓練したらな」


 どういうことだろう? ヴァルの言っていることの意味が分からない。


「いったいどうやって訓練するっていうの?」


 そう言う私にヴァルはいたずらっぽい笑みをして答えた。


「夢の中で訓練するのさ」

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