第16話 ツリーマンの昔話
「コン……ニチハ……」
ツリーマンは同じ言葉を繰り返している。こちらの反応を期待しているのだろうか。
逡巡し、私は挨拶を返してみることにした。
「こんにちは。私はエルシー」
「エルシー……コンニチハ……」
私たちのやり取りにヴァルは驚いているようだった。私も、魔獣と会話ができるとは思っていなかった。
「意思の疎通がとれているのか?」
「分からない。彼に訊いてみる?」
「彼って……ツリーマンとか?」
私は頷く。それからツリーマンを観察した。この固体は座り込んでいて、大人しくしている。葉や果実は無く、枯れ木のように見えてなんだか寂しい。
「あなた名前はあるの?」
「……ロブ」
「ロブ。あなたはロブって言うのね」
「……ウン……ボクノ名前ハ……ロブ」
これは、意思の疎通がとれると見て間違いないだろう。私はロブへさらなる質問をする。
「ロブ。あなたはここに一人で居るの?」
「……ウン」
「どうして?」
「ボク……葉ヤ果実……ナイ。喋ルコトガデキルノモ……ロブダケ。ダカラ……他ノツリーマンタチハ……ロブト一緒ニ居ルノ……イヤガル」
仲間外れにされている……ということか。ロブはこの辺りのツリーマンたちの中でも、特別な固体のようだ。
私は考える。きっと、野生の魔獣が自然にこのような変化をすることはない。だとすれば、チップが話していた噂の男がこの件に関わっていると見るべきだろう。
「ロブ。あなたが話せるようになってことには、誰かが関わってるの?」
「……ウン」
「そのことについて、教えてもらってもいい?」
「……イイヨ……」
ロブはゆっくりと、自らに言葉を与えた誰かについて話し始める。
「ジョグ……ジョグトイウ男……ロブニ言葉を与えた。ロブダケジャナイ……他ノツリーマンニモ社会性……ヲ与エルト……言っていた」
ジョグ……知らない名前だ。ヴァルの方を見たけど、彼もその名前に思い当たる人物が居ないらしい。ヴァルはあごの下に手を当てていた。
「ジョグという名前の奴自体は何人か知ってる。これでも長く生きてるからな。だけど、どのジョグもツリーマンに言葉や社会性を与えるような人物には思えない」
「なら、ヴァルの知らないジョグということね」
「そうなるな」
その時、ロブが「ヴァル」と呟いた。彼はヴァルという名前に何か思い当たる点があるようだった。
「ヴァル……ソノ名前……知ッテイル! モウ……ズイブン昔ノコトダケド」
「お前、俺のことを知っているのか」
「ヴァルトイウ……クマハ知ラナイ……デモ……ヴァルトイウ……エルフハ知ッテイル」
私はロブを見て、それからヴァルを見た。彼は何か考えている様子だったが、やがて私に訊く。
「エルシー。お前はヴァルというエルフのことは知りたいか?」
「ええ、まあ」
「そうか」
ヴァルはロブを見て、こんなことを言う。
「お前からエルシーに、ヴァルというエルフについて語ってやってくれ。お前の知ってる範囲で」
「……イイヨ」
ロブはゆっくりと、ヴァルというエルフについて語り始めた。
「ナン百年カ前……世界樹ノダンジョンニ黒髪ノエルフガヤッテキタ。美シクテ……強イ魔法使イダッタ……彼ハコノ地デ魔法ノ修行ニ励ンデイタ……彼ニハ師匠ガイタ」
ヴァルに師匠が居たというのは初めて耳にする情報だった。いったいどのような人物が彼の師匠だったのだろう。
「ヴァルノ師匠ハ女神……女神アルマガヴァルノ師匠ダッタ。ヴァルハ……女神アルマノ唯一ノ弟子ダッタ」
魔法の女神は、かつてこのダンジョンに居て、そこでヴァルの師匠をしていた!? 彼の口から聞いても冗談だと思ったかもしれない。ロブの口から聞いても、なかなか信じるのは難しい話だ。でも……私と知り合ったばかりのツリーマンが私に嘘をつく必要性も感じられない。
「ヴァルハ優秀ナ弟子ダッタ。デモ……優秀過ギタ。ヴァルハ女神ノ武器ヲ魔法デ模倣シ、ソノコトデ女神ノ怒リヲ買ッタ。彼ハ分をワキマエナイ傲慢ナ魔法使イトシテ、女神カラ裁キヲ受ケタ」
それは……酷い話じゃないか。ヴァルは魔法と真剣に向き合っていただけなのだろうに。
「可愛ソウナヴァル……優秀過ギテ……女神ノ怒リヲ買ッタ」
そこまで話して、ロブは黙ってしまった。どうやら彼がヴァルについて話せるのはここまでらしい。待っていても、ロブがそれ以上、昔の話をすることはなかった。
「貴重なお話をありがとう。ロブ」
「ドウイタシマシテ……エルシー」
「それとひとつ、聞いても良いかしら?」
「……イイヨ」
「あなたはどうして、そんなにヴァルのことに詳しいの?」
そう訊くとロブはクスクスと笑い「違ウヨ」と言った。
「ボクハ……コノダンジョンノ中デモ特ニ長生キダカラ……コノダンジョンデアッタコトハ……ダイタイ知ッテル……ソレダケダヨ」
それから、私たちはジョグという男についてロブに訊いてみた。半年程前から、世界樹ダンジョンやってきた魔法使いで、少し前にここより上層へ向かったとのこと。
もうひとつロブに質問をした。この世でもっとも甘いものを知らないかと。
「最モ甘イモノカハ分カラナイケド」
そう前置きしてロブは言う。
「ココヨリ上層二蜂竜ノ巣ガアル。ソコデ取レル蜂蜜ガ世界デ最モ甘イカモシレナイ」
蜂竜と聞いて、あまり良い気はしなかった。蜂竜と言えば私を瀕死にさせた魔蜂の上位に当たる種だ。とはいえ、今の私にはヴァルが居る。彼が蜂竜の巣へ行くというのなら、私も一緒に行こう。
「色々と教えてくれて助かったわ。ロブ。またね」
「ウン……マタイツカ……来ルトイイ」
私たちはツリーマンの群生地を後にした。水辺の市場へ戻る途中、ヴァルから私に話しかけてきた。
「いい加減、お前には、俺がこの世で最も甘い物を探す理由を教えてやろう」
「あら、それはいったいなんなの?」
「ロブは俺が女神から裁きを受けたと言っていたが、俺はそれで死んだわけじゃない」
「でしょうね。あなたが死んでたら、私の隣を歩いているのは、ヴァルの幽霊ってことになっちゃうもの」
「そうだな」
ヴァルは静かに笑う。
「俺が受けたのは裁きというより、呪いだ」
「呪い?」
訊き返すとヴァルは頷く。呪いとは穏やかじゃない。いや、裁きも穏やかじゃないけど。
「そう、呪いだ。俺は獣の姿に変えられて、この呪いを解くためには世界で最も甘い物を口にしなければならない。魔法の女神は俺にそう言った」
「なるほど」
それがヴァルの行動理由。彼はクマだけど、本当はエルフで、本当の姿を取り戻そうとしている。
「世界樹の外で、その……世界で最も甘い物を探そうと言う気持ちにはならないの?」
そう訊くとヴァルは悲しそうに首を振った。
「この呪いがかかった身では、このダンジョンの外へ出ることはできない。そういう魔法なんだ。だから、俺はなん百年もこのダンジョンの中を彷徨ってる。当ても無くな」
「当てならロブが示してくれたわ」
「蜂竜か。魔蜂の上位種だな。そいつは……お前にとっては怖くないか?」
気遣うように訪ねて来るヴァルに私は「大丈夫よ」と答える。
「そりゃ、怖くないって言ったら嘘になるけど、私には頼もしいヴァルがついてるから」
「そうだな。そう言ってくれると、俺も頑張れる」
「これからもよろしくね。ヴァル」
「任せとけ」
私たちは違いの拳をこつんと合わせた。白くて細い腕と、黒くてごわごわした毛が生えた黒い腕、対照的な二つの腕だけど、私たちの気持ちは通じ合っている気がした。
そうして、私たちは水辺の市場に戻る。たくさん採れたリンゴで、ちょっとしたおやつを作ってみよう。
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