第15話 噂とツリーマン

 市場を一通り見て回ってから、私たちはチップの肉屋にもう一度やって来た。


 チップは私の姿を見ると笑顔で手を振ってくれる。


「魔獣の解体、できてるよ。肉は持っていくだろうが、鱗や骨や内臓なんかはどうすれば良い? なにぶん初めて見る魔獣だ。パーツはなるべく綺麗に分けてみたが……」


 そういえば、肉以外をどうするか決めてなかった。私はヴァルを見る。


「どうする?」

「こちらで貰おう。一部の肉だけ渡す約束だ」

「了解。こっちに来てくれ」


 チップに案内され店の裏へ。そこには魔獣の肉がいくつもあり、解体されたバジリスクの姿もあった。チップはバジリスクの解体は初めてすると言っていたが、魔獣の解体自体には慣れているのだろう。私から見れば見事な仕事だった。


 ヴァルは解体されたバジリスクの前に立ち。


「アドミト」


 そのほとんどを空間魔法で収納した。ヴァルが魔法を使う様子をチップは感心したように眺めていた。


「一部の肉は残しておいたぞ」

「おう、どうもな。それにしても魔法ってのは何度見ても凄いな。この前も魔法使いって存在を見かけたが、彼女やあんたの使う技はまるで奇跡だ」

「奇跡じゃなくて魔法だよ。それにしても」


 ヴァルが気になったことと、私が気になったこととは同じだろう。


「魔法使いが居たのか?」

「ああ、金髪のエルフだったよ。エルシーの嬢ちゃんみたいな」


 私みたいな?


「長寿のエルフか?」


 ヴァルの問いにチップは「さあね」と答える。


「俺たち人族からすればエルフ族の年齢は分からない。だが、魔法を使っていたし、古い時代のエルフなんだろうな」

「そうか。分かった」

「彼女に会ってみるつもりなら、ここから上の層を目指すといい。彼女はもっと上を目指すつもりのようだったから」

「頭の隅にとどめておくよ」


 それ以上、ヴァルが魔法使いのエルフについて訪ねることはなかった。今では数少ない魔法使いだが、彼は気になってはいないのだろうか。


「ついでのお節介だが、あんたら、これからどこに向かうつもりだい?」


 チップの問いにヴァルはいぶかしむような表情になる。


「そんなことを聞いてどうする」

「いやね。ツリーマンの群生地には怪しげな男が出入りしてるらしいんだ」


 チップが言ったツリーマンの群生地とは、私たちがこれから向かう予定の場所だ。気になって私は彼に詳しい説明を求める。


「怪しげな男について、もっと知ってることはあるの?」


 迫る私に対し、チップは「はっきりそうだと言えるわけじゃないが」と念押しして。


「どうも、ツリーマンを使って何か実験をしているらしい。詳しいことは分からないが、魔獣を使って実験だなんて、きっと禄でもないことだぜ」

「……なるほど」

「だから、もしそっちに用があるなら、充分に注意してくれ……とはいえ、そんなところにわざわざ行かないか」


 そう言ってチップは大きく口を開けて笑う。


「行くわよ」

「え?」


 私の言葉を聞いてチップが笑うのをやめた。彼は意外そうな顔をしていた。


「行くって……ツリーマンの群生地に?」


 確認するように訊いてくるチップに私は頷いて答える。


「ええ、そのツリーマンの群生地に行くのよ」

「そうか。事情は深くは聞かないが、ツリーマンは凶暴だ。気をつけろよ」

「大丈夫!」


 心配してくれるチップに私は笑顔で答えた。


「私には頼もしいヴァルが居るのよ」


 その後、水辺の市場から出発して、しばらく移動。


 私とヴァルはもう少しでツリーマンの群生地という地点まで来ていた。ヴァルが言うにはもう少しで目的地らしい。


 この辺りは世界樹の太い枝が集まっていて、落下の心配もほとんどなさそうだ。地形的には水辺の市場に似ている。ただ、市場のあたりに比べると、この辺は細かい枝や葉も多くて、視界が少し悪い。


「ヴァル。ツリーマンはもうすぐ出てくるのよね?」


 確認する私にヴァルは頷く。


「ああ、気配探知でツリーマンの位置は分かってる。俺から離れるなよ。エルシー」

「分かったわ」


 ほどなくして遠くから近づいてくるものが見えた。数は五体程、一体一体が二メートルを越えているように見え、特に大きいものは三メートルはあるだろうか。まだ私たちとは距離があるが……ツリーマンたちの歩みは想像以上に速い。対処しなければすぐに距離を詰められるだろう。


「ヴァル。どうするの?」

「魔法で動きを止める」


 黒くて太い毛むくじゃらの腕がツリーマンたちに向けられる。そして。


「ショックアロー」


 光の矢が一体のツリーマンに直撃し、その一体は動きを止めた。ヴァルは同じ魔法を使って次々にツリーマンたちの動きを止めていく。ヴァルはあっと言う間に危険な木々を全て無力化してしまった。


「近くで暴れられたら危険だが、遠くからなら対処は容易な相手だ」


 得意気に語るヴァルは頼もしかった。かっこよくさえ見えてしまう。トンガリ帽子を被ったクマさんなのに。


「さあ、今のうちに彼らの果実を頂戴していくぞ」


 その意見には私も同意だ。動きを止められたツリーマンたちが再び動き出す前に果実を頂いていこう。


 そうして手に入った果実は全てリンゴだ。手に入ったそれらはヴァルが空間魔法で収納した。


「奴らは固体によってつける果実を変えるんだが、この辺のは全てリンゴをつけるようだ」

「リンゴ。どうしようかしら。焼きリンゴっていうのも良いわね」

「リンゴを焼くのか?」

「ええ、バターや砂糖を使ってね。気になるなら、後で作ってあげる」


 私の言葉を聞いてヴァルは嬉しそうな顔をする。


「そいつは楽しみだ」


 充分なリンゴが手に入ったが、他の種類の果実も探してみようということで、ヴァルと私は辺りの探索を続ける。ミカンやブドウといった種類の果実をつけたツリーマンを発見しながら、私は気付いたことがあった。


 ツリーマンは数体のグループで行動している。マリー・ゴールドの本には集団で行動をするとは書かれていなかったが、この辺の固体の特徴なのだろうか。


「……妙だな」


 そうヴァルが呟いた。


「妙って?」


 私が訊くとヴァルは首をかしげた。


「さっきから気になってたが、ツリーマンたちが妙に集まって行動している。まるで……」

「まるで?」

「社会性を手に入れたかのようだ」

「社会性を?」

「ああ、何かがツリーマンたちに社会性を与えた……ということか?」


 その時、私は水辺の市場でチップが言っていたことを思い出していた。


 怪しげな男がツリーマンを使って何か実験をしている。


「エルシー」


 ヴァルに声をかけられて私はハッとした。彼の顔を見る。


「エルシー。俺はもう少し、周囲を調べたい。付き合ってくれるか?」

「もちろんよ。あなたがいれば安心だしね」

「そうか。なら、お前は俺がしっかり守る」


 嬉しいことを言ってくれる。もっとも、ヴァルは出会ったころから私を守ると言い続けてくれている。今ではすっかり、私は彼のことを信頼していた。


 それから少しして、私たちは奇妙なツリーマンを発見した。いや、これまでに見かけた固体も奇妙だったのだが、この固体は別種の奇妙さを持っていたのだ。


 そのツリーマンは一体で、じっと座っていた。私たちを見ても襲いかかってくる気配がない。なんというか、孤独とでも言えばいいのか。そんな雰囲気をまとっていた。


 ヴァルがゆっくりと、その固体に近づいて行く。私はヴァルの陰に隠れながら、手に持ったライフル銃をぎゅっと強く握った。


 ツリーマンから、ある程度の距離でヴァルは足を止める。私も立ち止まって様子を伺う。すると。


「コン……ニチハ……」


 なんと、その固体は私たちに挨拶をしたのだ。

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