第14話 水炊きと伝説の冒険者
水辺の市場で必要な物は手に入れた。市場から少し離れた場所に移動して準備完了だ。早速調理を始めよう。
まずは鍋に水と昆布を入れ、しばらく置いておく。私が昆布を鍋に入れる時、ヴァルはそれをいぶかしむような目で見ていた。
「海藻を食うのか?」
「これも異世界人が持ち込んだ知恵で、昆布だしというのよ。鍋に入れて、昆布のうま味を引き出すの」
「ふぅん。異世界人は変わってるな」
「まあ、そう言わないで。これが美味しくなるんだから」
ヴァルは半信半疑のようだった。どうも彼にとっては料理に海藻を使うという考えが無かったようだ。市場には世界樹ダンジョンには自生しない食材もあって、調理のしがいがある。
今の内に肉と野菜を切っておこう。
コカトリスの肉を食べやすい大きさに切り、市場で買った跳ね白菜も食べやすい大きさに、マンドラゴラも同じように切る。えのきは下を切って、食べやすいようにほぐす。
「ヴァル。私の方はしばらくかかるけど、あなたは市場でも見て来る?」
「いや、ここに居る。本でも読んでいよう」
ヴァルは呪文を唱え、手元に一冊の本を出した。そうして本を読むクマの姿はなんだか可愛く見えた。
鍋はすぐには加熱せず、しばらくは置いておく。目安としては三十分くらいだろうか。私は腕時計の時間を確認し、鞄から一冊の本を取り出した。
私が持っている本は一冊、タイトルは『ユーロン大陸の動植物ガイド一巻』だ。だいぶ古い時代の書物だが、今でも印刷され続けている。シリーズは全十巻で著者はエルフ族の伝説的な冒険者マリー・ゴールド。と、そんな情報はどうでも良いか。
パラパラとページを捲っているうちに、あるページで目が留まった。そこにツリーマンの情報が記載されていた。
『ツリーマンはユーロン大陸の東、アルマニアの森で多く目撃されている。体調は二から三メートル。とてもみずみずしく甘い果実をつけるが、凶暴な性格をしている。甘い果実に誘われてやってきた得物を、ツリーマンは捕食する』
その後もツリーマンについての記載が続いていたが、とても人類に友好的な存在とは思えなかった。ヴァルも言っていた通り、危険な存在のようだ。
しばらく本を読んでいるうちに三十分ほどが経過した。私は本をしまう。私が動いたのを見てヴァルが首を上げた。
「ようやく調理を再開するのか?」
「ええ、再開するわ」
私が答えるとヴァルは呪文を唱えて本をしまった。私が調理をするところを見ていたいらしい。
「ヴァル。かまどを出して火をつけてくれる?」
「了解だ」
私が頼んだ仕事を、ヴァルは魔法を使ってすぐに終わらせてしまった。とても助かる。
水と昆布の入った鍋を加熱する。水が沸騰してきたら昆布を取り出す。
取り出した昆布は食べやすい大きさに切っておく。棄てるのはもったいない。それから、先程切っておいたコカトリスの肉を鍋に入れる。また、しばらく待ち、灰汁が出てきたら、それは取り除く。
鍋から灰汁を取ったら、用意していた野菜を入れ、昆布も入れる。
肉に充分な火が通り、野菜が好みの柔らかさになったら完成だ。ヴァルは鍋の上から顔を近づけてクンクンと臭っている。
「今回の料理はしっかりと時間をかけたな」
「ええ、今回はしっかりと作ったわ。といっても、これだけじゃ足りないんだけど」
「足りない? 何がだ?」
「ちょっと待ってね」
私は鞄から二つの小皿とポン酢の瓶を取り出した。鍋にはこれが無くては!
「小皿に鍋の中身を取り分けて、そこにポン酢を加えて食べるの。美味しいのよ」
「なるほど。いただこう」
私とヴァルの二人で水炊きをいただく。鍋の具材はしっかりと煮えていて良い感じだ。それをポン酢で食べると……美味い!
ヴァルの反応はどうだろう。彼はもくもくとフォークに刺した具材を口に運んでいる。小皿の中身が無くなっては、またすぐに具材で満たしていた。
「これは……美味いな! どんどん食べられるぞ!」
「ヴァルの美味い! いただきました!」
「まあ、まだ二品だな。俺が美味いと言ったのは」
そんなことを言いながらも、ヴァルは鍋料理を楽しんでいる。
「昆布だしと言ったか、これが独特の風味で俺好みだ。海藻は食べるのを避けていたが、もったいないことをしていたな」
「そうよ。あなたはもったいないことをしてたの。それを、これからも私が色々な料理で教えてあげる」
「それは良いな」
「でしょう!」
私はヴァルと出会ったばかりのころ、彼に美味いものが世の中には沢山あるんだと、伝えることを目標にしていた。きっと、その目標はすでに叶っている。彼はもう、この世の中に美味いものはたくさんあるのだろうと思っているはずだ。
目標は達成した。それでも、私はまだ、このクマさんと一緒に居たいと思う。私は彼に惹かれている。そして、彼にたくさんの美味しいものを私の手で作ってあげたいと思うのだ。
「ねえ、ヴァル」
「なんだ?」
「これからもあなたのために、色々な料理を作らせてね」
私がそう言うと、ヴァルは嬉しそうに。
「ああ、それは楽しみだ」
と、答えてくれた。
食事を終え、一時間ほどのんびりと過ごす。その時、ヴァルにこんなことを訊かれた。
「エルシー。お前が読んでいた本だが」
「ユーロン大陸の動植物ガイドのこと?」
「そう、それだ」
「その本がどうかした?」
訊き返す私にヴァルは頷いて答える。
「あれの著者はマリー・ゴールドだったな」
「そうよ。もしかして、あなたはマリーを知ってるの!?」
興奮して聞く私に、ヴァルは「深くかかわりがあったわけではないが」と言って続ける。
「一度だけ、旅をする彼女と話をしたことがある。彼女は白く大きな犬を連れていてな。ユーロン大陸の色々な遺跡を見て回っているのだと言っていた。金髪のエルフで、冒険記を書いたり、ギルドの依頼を受けたりして、金を得ているらしかった。何にでも興味を持つ人物で……お前に似ているな」
「そうかしら。そう言われると照れるわね」
憧れの伝説的なエルフに似ていると言われると、嬉しくなってしまう。
「彼女は今もどこかで旅を続けているのだろうか。それとも、どこかの土地でのんびりと生きていたりするのだろうか」
ヴァルは遠い目をしていた。やがて、彼の視線が私に向く。
「お前、マリーのファンか?」
「ファンかどうかと言われたら、ファンよ」
「そうか」
その時、ヴァルは何かを決めたようだった。
昼から、ツリーマンの群生地を目指す。だけど、その前に市場をもう一度見て回ることになった。
市場には食材の他、日用品や薬、本などの娯楽品も売っている。そんな中、ヴァルが「少し待っていろ」と言って、一人の商人と交渉を始めた。ほどなくして戻ってきた彼の手には一冊の本があった。
「本を並べてる商人が居たからな。もしや、と思って声をかけてみた」
「あなた好みの本は見つかった?」
私の質問に対してヴァルは恥ずかしそうに、黒くてごわごわした頬を掻いた。そうして彼は手に持っていた本を私に押してけてくる。
「色々、料理を作ってもらっているからな。そのお礼とでも思ってくれ」
ヴァルに押し付けられた本を受け取り、表紙を見てみる。そこには『南の山の冒険記』というタイトルで、著者は……マリー・ゴールドだ!
「ヴァル! これって、受け取って良いの!?」
「そのために買ったんだ。ちょっとしたお礼だよ」
「ちょっとじゃないわよ! ありがとう!」
私は嬉しい気持ちでいっぱいで、同時に彼のために何かお返しを考えたいと思う。とはいえ、私から彼にできるお返しは決まっている。
「あなたのために、これからも美味しい料理を作ってあげる。逃がさないから覚悟しときなさい!」
私の決意表明を聞いて、ヴァルは「望むところだ」と答えた。
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