第13話 水辺の市場

 次の目的地までの道中、飛び人参やゴロゴロ芋などの生物野菜を捕獲したり、襲い来る魔獣を撃退したりした。


 辺りには銃声が轟いている。私のライフル銃から発せられた音だ。それにより、私たちへ迫っていたコボルトは驚いて逃げていく。私の隣ではヴァルが欠伸をしていた。


「どう、ヴァル。私だってあれくらいの魔獣なら撃退できるのよ」

「ふわぁ……そうだな」

「あまり興味なさそうね」

「銃という武器には正直、興味が無い」


 まったく、私や私の作る料理に興味を持つようになったヴァルだが、多くの興味のないものに対する態度はこれまで通りだ。


 ヴァルは欠伸をやめて歩き出す。


「さ、エルシー。水源までもう少しだ」

「……そうね。行きましょう」


 私たちは再び、目的地を目指して歩き始めた。


 歩くこと、しばらく。


 目的地に到着した。


 目的地には水場と、すぐそばに商人たちの市場が出来ている。商人たちはヴァルを見て驚いていたり、知っている風だったり、反応は色々だったが騒ぎにはならなかった。このダンジョンでは特異な姿をしたものなど珍しくはない。


 さて、ダンジョンの水辺について、復習だ。


 世界樹ダンジョンには複数の水が手に入るポイントがある。ここで活動する多くの商人は、それらの場所を水辺、もしくは水源、あるいは給水泉などと呼んでいる。そういった場所には必ず、水を売る商人たちが陣取っている。


 給水泉はそれほど広くはなく、盆のような形をしている。そこには、すぐ近くの小さな穴から、とめどなく水が流れ込み、また別の小さな穴へ水が流れて行っている。水売りたちの目を盗んで水を汲むのは難しいだろう。


 現在、私とヴァルは水売りの男と話をしている。中年の人間で、ライフル銃を手に持ち武装している。


「水、買うかい?」

「水売りなんて人間が居なければタダで手に入るのだけれどね」

「おいおい、俺たちみたいな水辺を管理する人間が居なければ、水辺には魔獣が居ついちまう。実際、魔獣たちのテリトリーになっちまってる水辺だってある。それは、あんたらだって知らないわけじゃないだろう?」

「それはまあ、そうだけど」

「水代は、ここを管理してる俺たちにとっては正当な報酬だ。それを理解したら、水を買ってくれ」


 そうして水売りから代金を要求される。その価格は法外なものではない。水は高くは無いのだ。これだけ安くしても買わないというのなら、別の場所で水を買えと言うのが彼らの言い分だ。それでも、水を必要とする客はいくらでもいる。客が水を買う限り、水売りという商売はなくならないのだ。


「分かったわ。水、買わせて」

「まいどあり」


 そうして水を購入した後、私とヴァルはそこから離れた。


 ヴァルはむすっとした顔をしながら言う。


「俺が水の魔法を使えたらな」

「そういえば、あなたは水の魔法って使えないの?」

「そうだ。俺は水の魔法は使えない。というか、属性魔法は風魔法しか使えない」


 それは私にとっては意外な事実だった。


「でも、火打石の魔法で火を起こしたりしてくれるじゃない」

「道具を模倣する魔法は基本的には無属性魔法だ。女神の弓の魔法だって、無属性の魔法だぞ」

「あんなにメラメラゆらめいてたのに」


 私はヴァルが使う女神の弓の魔法を思い出していた。彼が使う魔法の弓は炎のように、ゆらめいていたはずだ。


「道具を模倣する魔法は、その機能と見た目を模倣するが、属性魔法ではない」

「なるほど」


 彼がそう言うからには、そうなのだろう。


「まあ、水は手に入った。これからどうする? バジリスクの肉を解体できると良いが」

「そうね。この辺りには他にも商人が居る。市場ができてるから行ってみましょうか」


 ダンジョンの中とはいえ、商人が集まれば市場ができる。そうした光景はダンジョン内では、たびたび見ることができた。


 市場を見ているとすぐに肉屋を発見した。主にダンジョンでとれる肉をさばいて売っているようだ。私は肉屋のお兄さんに声をかけてみる。人間のようだが、さっきの水売りの男よりはだいぶ若いように見える。もしかしたら、少年と言っても通用する歳なのかも。


「お兄さん。肉屋よね」

「おう、エルフの嬢ちゃん。とクマ!?」

「クマが居て悪いか?」


 むすっとした顔のヴァルがそう言うと、肉屋のお兄さんはぶんぶんと首を振った。


「いえいえ滅相もない。ところで、何の用だい?」


 切り替えが早いなあ。とお兄さんに対して思いながら、私はヴァルに言う。


「ヴァル。昨日倒した得物を出して」

「了解だ」


 ヴァルが空間魔法の呪文を唱え、異空間からバジリスクの死体が出て来る。周囲に居た人々が揃って目を丸くしていたので、それが何だか可笑しかった。ま、私も彼の魔法を初めて見た時は、目を丸くして驚いていたと思うんだけど。今の私はもう慣れたものだ。


 肉屋のお兄さんも目を丸くしていた。彼は驚きながらも私たちに訪ねてくる。


「ま、魔法か。珍しいね。というか、とんでもない大物だな。これは嬢ちゃんたちが仕留めたんだね?」

「仕留めたのはヴァルよ。私は見てただけ」

「こっちのクマさんが!? ほえー」


 お兄さんはヴァルとバジリスクとを何度も見比べていた。が、やがて彼は、私たちが彼に求めていることを理解したようだった。


「つまり、この肉を解体してくれって言うんだね。初めてばらす魔獣になるが……やってみようじゃないか!」


 初めて、というのが不安だが、ここは彼に頼んでみよう。バジリスクを解体したことのある人なんて滅多にいないだろうし。


「肉を解体してくれたら、一部はあげるわ。それで解体料ということにしてほしい」


 これはヴァルと前もって決めておいた話だ。


「おう、任せておけ。エルフの嬢ちゃん」

「私にはエルシーって名前があるのよ」

「そいつはすまねえ。エルシー。ちなみに俺はチップって言うんだ。よろしくな」

「ええ、よろしく。チップ」


 私とチップは店のカウンター越しに握手を交わした。


 バジリスクの死体をチップに預け、私たちは別の店も見て回る。今日のお昼は何が良いかなんて考えながら、ヴァルにも意見を求めてみた。


「ヴァル。お昼は何が食べたい?」

「何でも良い。お前が作ってくれるものであれば」

「その返答が一番困るのよねえ」

「じゃあ肉が食いたい。コカトリスの肉でも、バジリスクの肉でも良い」


 肉か。肉なら。


「そうね。鍋にでもしちゃおうかしら」

「鍋?」


 そう訊いてきたヴァルに私は頷いて答える。


「鍋よ。水炊きにしようと思うの」

「分かった。じゃあ、それを楽しみにさせてもらう」


 口では楽しみにする、と言いながらもヴァルの表情はあまり楽しそうではなかった。何かあったのだろうか。


「ヴァル。人の多いところは苦手?」

「あまり近寄らないだけで、人が多くとも木にはしない」

「なら、何か嫌なことでもあった?」

「それは……」


 何かあるのは間違いなさそうだった。でも、ヴァルはそれを口にしようとはしない。


「ヴァル。何か隠してるでしょう?」

「そんなことは……」

「あるんでしょう?」


 私がそこまで言うとヴァルはもう隠し通せないと観念したのか、小さくため息をついた。そしてぼそりと呟くように言った。


「エルシーがチップと握手するのを見て、なんだか胸が痛くなった」

「へ?」

「少し寂しい気がした。それだけだ」


 それだけ、といったヴァルはこの話をすぐに終わらせたいようだった。だから私もそのことについて深くは聞かない。


 でも、それは。


 ヴァルが私のことを意識しているということだろうか。友達として? 異性として?


 どちらにせよ。


 私は耳が熱くなるのを感じながら、ヴァルが言ってくれたことを嬉しく思っていた。

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